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第413回 役行者山の護摩焚~2016後祭宵山散策~その1

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下鴨神社から河合神社に戻って自転車に乗った時点で、
午後1時20分でした。
自転車でこのまま山鉾町に行っても午後2時には間に合わないので、
鞍馬口通まで戻って西に進み、烏丸通から地下鉄に乗りました。
こちらは、地下鉄烏丸線「烏丸御池」駅です。
今回は、ここから鈴鹿山と役行者山に向かいます。
撮影日は、2016年7月23日午後1時50分。
梅雨明けの快晴の猛暑日でした。


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自分が乗ってきた竹田行の地下鉄が、「烏丸御池」駅から出ます。
ただ、毎年ここに来るときは京都駅(反対方向)から来ます。
ですから、間違えて北寄りのホームで降りてしましました。
ここから、ホーム南端の方まで約3分掛かりました。
さて、午後2時までに役行者山に辿り着けるでしょうか?


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地下鉄烏丸線「烏丸御池」駅ホームの南端から改札を出て、
何とか6番出口に辿り着きました。
ここから、烏丸通に出ます。


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地下鉄烏丸線「烏丸御池」駅6番出口で、左(北)を向きました。
では、ここから烏丸通を北上します。


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地下鉄烏丸線「烏丸御池」駅6番出口から、
烏丸通を約50m北上しました。
ここは、「姉小路烏丸」交差点です。
ここから約70m先に、「烏丸御池」交差点があります。
この交差点の南西角に、鈴鹿山が立っています。
三重県の鈴鹿山脈に住まう女神鈴鹿権現が、
その辺りに住む悪鬼を退治した伝説をもとにしています。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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こちらは、鈴鹿山の会所です。
第407回ブログでは、ここは閉まっていました。
では、こちらに入って行きます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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こちらが、鈴鹿山の会所の中です。
粽やお守り、御朱印などは、こちらで求めます。
また、前掛けや胴掛など山の装飾品も展示されています。
多くの会所には、「祇園 牛頭天王」の掛け軸が掛かっています。
「牛頭天王」は牛鬼の王で、
天然痘などの病気をばら撒き多くの人を殺す疫病神です。
一方で、自分を信仰する人には無病息災を約束します。
神仏分離令以前は、祇園祭を仕切る八坂神社の御祭神でした。
(八坂神社の現在の御祭神は、素戔嗚尊です)
また、頭上の額には「瀬織津姫神」と書いてあります。


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今度は会所内で、北を向きました。
この先に、鈴鹿権現のご神体がいらっしゃいます。
「祇園祭の山鉾で一番美しいご神体」と呼ばれておりますが、
ここと大船鉾の神功皇后像は、何となく撮影を遠慮しています。
では、その向こうの姉小路通に出ます。


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鈴鹿山の会所を出て、姉小路を西に向いています。
では、ここを進み役行者山に急ぎます。


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鈴鹿山会所から、姉小路通を西に約100m進みました。
「姉小路室町」の辻に、大きな京町屋があります。
この町家の一部が、役行者山会所になっています。
町家の北側に、手拭屋さんの永楽屋がお店を出しています。


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姉小路を少しだけ西に進み、室町通に出ました。
ここから少し南に行ったところに役行者山の会所があるのですが、
自分がここに着いた瞬間に通行止めとなりました。
2013年は約30分遅れで、今回もそれくらいだと思っていました。
……読みが甘かったですね。


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そうこうしているうちに、ほら貝の音が聞こえてきました、
聖護院の修験者が、到着です。


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修験者の行列は、15人ほどでした。(法螺貝奏者は2名)
これは、1203年と同じ人数です。


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聖護院の修験者は姉小路を経由して、
いったん役行者山の会所に入って行かれました。
ここから、ご神体への祈祷が始まります。
(一般の方々には、非公開です)


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室町通から、姉小路を東に向きました。
修験者が祈祷されている間に、ここを走ります。
ここから約50m先の両替町通で、南に折れます。


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両替町通を南下して、三条通を西に折れます。
そして、約50m先で三条通から室町通を北上します。
これで、役行者山の南側に辿り着きました。
役行者山ご神体への祈祷は、まだ続いています。
役行者山護摩焚きには、どうやら間に合ったようです。


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……ただ、もう結構な人数が護摩焚きを待ち構えています。
この祭事をご存じなくても、たまたま通りかかって
それで興味を持たれた方も大勢いらっしゃるようです。


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そうこうしているうちに、聖護院の修験者が
役行者山のご神体への祈祷が終わったようです。
会所の方から、こちらに出て来られました。
ここから最後まで、クリックした写真は全て拡大されます。


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ところが、途中で修験者の行列が途切れます。
先行した修験者装束の方が、聖護院の修験者を制止して質問します。
「修験道の開祖はだれか」
「では、その役小角(役行者)はどのような教えを伝えたのか」
「汝が身につけているそれは何か」など詰問の形式ですが、
本当は見物人に修験道を教えているようです。


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「よし、汝らは本物のようだ。通って良し」
その一言の後、修験者がこちらに入ってきます。
法螺貝を先頭に、手前の座席に就いていきます。


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先程の場所を少し引いて撮ります。
今回は2013年とは角度や距離が違うだけでなく、
周りに背が高い方が多くその方々の後頭部ばかり写ってしまいます。


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修験者全員が、席に着きました。
ただ、まだまだ護摩焚きは始まりません。
その前に、護摩壇の周辺を浄めていきます。


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修験者の一人が矢筒を背負い、口上を述べます。
先ずは、護摩壇の四方に破魔の矢を放ちます。


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と言え、本当にこの方向に矢を放てば大惨事になります。
ですから、故意に矢を落として失敗させます。
ただ、最後にマンションの屋上に向けて渾身の一矢を放たれました。
(つまり、人がいない場所に矢を放たれました)


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四方に矢を放たれた後、今度は斧を持ってきて
護摩壇の四方に振り下ろします。
……とは言え、上手く撮れませんでした。


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護摩壇には、松葉が溢れています。
そちらに向かって、松明の火が移されます。


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護摩壇の松場に、火が付きました。
ただ、松葉はなかなか火が付きません。
とは言え、とにかく祈祷が始まりました。


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少し時間を空けて、松葉が燃え出しました。
時間がかかる反面、松葉はいったん燃え出すと煙がよく出ます。


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松葉は、本当によく燃えます。周りは、何も見えません。
まぁ、自分は2013年のここの祈祷と節分の壬生寺で経験済みです。
ただ、そうでない方々はだいぶ驚いておられました。


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ただ、それは最初の10分だけです。
松葉が燃え尽きると、それほどの煙は出ません。


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年長の修験者が、右手に小刀を持っておられます。
この時、左手には封をした護摩木を持たれています。


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この角度では分かりにくいのですが、
小刀で封を切られた後、護摩木を次々と
火の点いた護摩壇に投げ込まれています。


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そして、この辺りから様々なお経を唱えだされました。
自分の知っている般若心経も、唱えておられました。


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2013年では何度も唱えられていらした般若心経も、
今回は1度のみで繰り返されることはありませんでした。
次に「南無祇園牛頭天王」を繰り返され、
最後に「南無神変大菩薩」と繰り返されました。
祇園牛頭天王は祇園祭を仕切る八坂神社のかつての御祭神で、
神変大菩薩は役行者の神様としてのお名前です。


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そして2人の修験者が立ち上がり、法螺貝を吹かれました。
これで護摩焚祈祷は、終了です。


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すると修験者の方々は席を立ち、
役行者山の会所方面に向けて立ち去って行かれます。


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聖護院の修験者の方々が立ち去り、道路封鎖も終わります。
たくさんの方々が、また移動を始めます。


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修験者の方々が座っていいた椅子には、
このように松葉が敷かれています。


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そのような松葉は持って帰っても、
自分のように護摩壇に行って燃やした煙を浴びても、
ご利益があると言われています。


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今年はその松葉を求められる方が多かったので、
役行者山会所の方が余った松葉を配られていました。

この後役行者山の会所を回るのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けましたので、今回はここまでとします。

~次回は役行者山の会所に訪れた後、鷹山を目指します~

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第414回 永楽屋 手拭い美術館~2016後祭散策~その2

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室町通姉小路下るの役行者山の前に立っています。
前回ブログで、聖護院の修験者による護摩焚き供養は終わりました。
今回は、ここから三条通の鷹山に寄っていきます。
途中、老舗手拭い問屋の永楽屋さんに寄りました。
撮影日は、2016年7月23日土曜日午後3時。
猛暑の中、先へ進みます。


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役行者山の南側に、御神酒が飾ってありました。
伏見の清酒月桂冠は分かるのですが、
もう一つが新潟県のお酒八海山です。
確かに八海山はおいしいですが、
敢えて役行者山がお神酒にしているのに、理由があるのでしょうか?


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こちらが、役行者山です。ご神体は、まだ乗られていません。
水引と胴掛が、真新しいですね。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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役行者山の会所には、ここから入ります。
先ほどまで修験者さんたちが祈祷されていて、立入禁止でした。
そのため、とても混んでいました。


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この会所も、会所の中は「ウナギの寝床」です。
つまり、細長い土間が続きます。


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役行者山の会所に入ってきました。
こちらが、元々の水引と胴掛、さらに見送りです。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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こちらが、役行者山のご神体です。
左から一言主神、神変大菩薩(役行者)、葛城神です。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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役行者山の前で、室町通を南に向いています。
では、ここを進んでいきます。


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前回ブログの護摩壇の前に来ました。
アスファルトの上ですから、鉄鍋の上に松葉を並べていたようです。
今は、護摩木が全て炭になっています。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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護摩壇脇のマンションの前に、修験者さんがいらっしゃいます。
役行者町の町衆の方々と、談笑されていますね。


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役行者山の前から、室町通を南に進んでいます。
後祭の宵山だけあって、いつもよりも混んでいます。


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役行者山から、室町通を南に約30m進みました。
左(東)側に、手拭い問屋の永楽屋本店があります。
今年も、こちらに寄らせていただきます。


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永楽屋本店に入ると、すぐに階段があります。
そこを上ると、2Fで布製のカバンが売られています。
その売り場の奥から、こちらに入れます。
こちらは、「町家手拭いギャラリー」つまり手拭いの美術館です。
この写真からしばらく、クリックすれば拡大されます。


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こちらは、永楽屋の昔の広告ですね。
こういうものも、手拭いですとなかなかお洒落です。


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ギャラリーの入り口付近の様子です。
これらすべてが、手拭いでできています。


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展示場の中央には、テーブルがあります。
こちらには、昔の手拭いの資料が置かれています。


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一つ目の部屋の奥に、こちらが展示されていました。
祇園祭の山鉾や馬上の生稚児さんが描かれています。
こうすると、手拭いも単なるタオルではなく壁を飾る装飾品ですね。


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こちらは、昭和初期に作られた手拭い版「京都観光案内」です。
中央下には、第103回ブログに出てきた文之助茶屋が載っています。


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さらに奥の部屋に入ってきました。(ギャラリーは、この2部屋です)
手前は正真正銘の屏風で、手拭いではありません。
その奥の「京都の夏」を描いた手拭いは、
タペストリーとしても使えますね。


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奥の部屋から、「町家手拭いギャラリー」全体を撮りました。
(これで、2部屋です)
そこそこの方々が、こちらに入られています。
このギャラリーは常設なのですが、
祇園祭期間中に特に多くの方々が訪れます。
自分も、毎年ここに来るのを楽しみにしています。


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奥の部屋のさらに奥に、こちらが展示されていました。
もうこうなると、完全に絵画ですね。
そう考えると、山鉾町の会所で売られている手拭いとかを
壁に貼り付けたりタペストリーにしたりして飾るのも、
装飾品として面白いでしょうね。


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その脇に、手拭いに混じって粽が置かれていました。
気のせいか、いつも自分が買っている郭巨山の粽より
多少大きいかもしれません。
ちなみに、中央の赤い札には「蘇民将来之子孫」と書いてあります。


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一通り見ましたので、「町家手拭いギャラリー」を出ました。
永楽屋の2F布製かばんの売り場に、こちらがありました。
JUKI製のミシンですね。
ウチの母も、「ミシンはJUKI製がいちばん」と言っていました。
永楽屋とウチの母愛用のミシンが同じ会社の製品というのも、
なんだかおもしろいです。


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永楽屋の1Fに戻ってきました。
入り口付近にも、役行者山の粽がありました。
こちらのものは、先ほどのものよりもさらに大きいように思えます。
クリックすれば写真が拡大されるのは、ここまでです。


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永楽屋本店の前で、室町通を南に向きました。
ずっと向こうに見える赤いテントの辺りが、三条通です。


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前回ブログでも、一瞬写っていたコンビニエンスストアです。
このように竹が植えてあると、涼しげですね。


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今回ブログ最初の役行者山から、室町通を南に約100m進みました。
ここで室町通は、三条通と交差します。
このまま進むとすぐに黒主山ですが、
そちらには次回ブログで立ち寄ります。


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室町通から、三条通を東に向いています。
三条通はここから約130m先で烏丸通と交差して、
烏丸通の信号を渡った先に「烏丸御池」駅5番出口があります。


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今度は、室町通から三条通を西に向きました。
右(北)側の大きな建物は、京都医健専門学校です。
屋内で美術品の展示をしていますが、一般には公開されていません。


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室町通から、三条通を西に約30m進みました。
こちらの眼鏡屋さんが、鷹山の会所です。


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会所に入るとすぐに、鷹山のご神体がいらっしゃいます。
鷹山は、後祭唯一となった「休み山」です。
(前祭の布袋山も「休み山」です)
「休み山」とは、何らかの事情で損壊して
巡行に参加できない山鉾のことです。
鷹山は、江戸時代半ばの水害で胴掛や前掛け・見送りを失いました。
もっとも、自分が小学生の頃は山鉾の半分以上が「休み山」でした。
確か1980年前後に一気に復元されたように覚えています。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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こちらが、鷹山の復元模型です。
これを見ると、鷹山は神輿に近い形の担ぎ山ではなく
車輪の付いた大きな曳山と分かります。
江戸時代の記録によると、鷹山は祇園祭最大の曳山だったようです。
今(2016年)から10年計画で、
こちらの鷹山は復活を目指しております。
こちらの写真も、クリックすれば拡大されます。


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鷹山の前から、三条通を西に向いています。
では、こちらを進んでいきます。


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鷹山の会所から、三条通を約50m進みました。
衣棚通との辻の北西角にある問屋さんの前の駐車場に、
白くて大きなテントが立っています。
こちらも、鷹山の会所です。
こちらでは、粽や関連商品を販売されていました。
また、寄付金も募っておられました。


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鷹山の会所の前から三条通を西に約100m進むと、
新町通との交差点にぶつかります。
三条通をさらに300m西に進むと、堀川通の交差点があって
そこから西が三条会商店街です。
もしその道を進むと、第59回ブログを逆行することになります。
右(北)に、個人的に京都で一番おいしい洋菓子屋さんと思っている
トゥレ・ドゥーがあります。
以前は露店を出されていたのですが、ここ数年は出されていません。
ここから新町通を南へ下がっていくのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けたので、それは次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、新町通の屏風や生け花を眺めて散策します。
……その前に、向こうのコンビニエンスストアで
熱中症対策の「ソルティーライチ」を補充しないといけません~

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第415回 八幡山の屏風祭~2016後祭散策~その3

[屏風祭] ブログ村キーワード

祇園祭宵山では、屏風祭というものも開かれています。
山鉾町の中心である問屋さんや旧家が、家宝の絵画や屏風などを
沿道の方々に見えるように展示する一種の催し物です。
バブル崩壊やリーマンショックを経て大半が辞めてしまいましたが、
それでも新町通沿いを中心に、まだまだ何軒かは続けておられます。
そして、これが新町通を中心に開催される後祭宵山の
自分にとっては最大の楽しみでもあります。


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三条通から、新町通を南に向いています。
八幡山の山町である京都市中京区三条町は、後祭宵山期間中
このようにつがいのハトを描いた幕で仕切られます。
(つがいのハトは、八幡社の象徴です)
この写真は、クリックすれば拡大されます。
今回は八幡山を通り過ぎ、六角通を東に進み
黒主山と浄妙山も見ていきます。
撮影日は、2016年7月23日土曜日午後3時半。
まだまだ日差しが強い日でした。


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三条通から、新町通を南へ約30m進みました。
こちらは、第407回ブログでも出てきた問屋さんです。
前祭のときとは違い、だいぶ周囲が賑やかになっています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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さらに新町通を約20m南に進みました。
八幡山が、だんだんはっきりと見えてきました。
新町通の両脇に、たくさんの方々が集まっておられます。
ちょっと混じって、一緒に眺めてみます。


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左(東)側の格子越しに屋内を見ると、こうなっています。
蒼い御座に箏を置き、左右に金と雲龍の屏風で
シンメトリーのコントラストを作られています。
そして、中央には祇園祭の象徴檜扇が生けてあります。
装飾品一つ一つも見事ですが、
それらの配置、色遣いに「町衆の心意気」を感じます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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右(西)側の町屋には、錦絵を貼り付けた屏風ですね。
確か昨年(2015年)は、書写を書いた屏風が展示されていました。


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さらに新町通を南下しています。目の前に八幡山が立っています。
八幡山の左(東)側に、たくさんの方々が集まっておられます。
そちらに、ちょっと立ち寄ってみます。


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こちらが、八幡山の会所です。
この奥に、ご神体でもある八幡社の社がいらっしゃいます。
前祭の2柱の天神山同様、こちらは、
神社の祠がそのままご神体となられた山です。
……ところが、今年(2016年)は八幡社の会所がいっぱいでした。
仕方なく、中に入らず先を急ぎます。


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八幡山会所の上部を撮りました。
南隣の京町家に、ブリキの表札が貼ってありました。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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八幡山会所から、新町通を南に約50m進みました。
呉服問屋さんの安売りなのですが、
たくさんの方々が立ち寄られていました。


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こちらは、その問屋さんの向かい(西)側のお店です。
店は閉店されていますが、大きな金屏風が置いてあります。
昨年(2015年)も、こちらの金屏風はここに飾ってありました。
こちらは、尾形光琳の代表作のレプリカです。
ただ、そのレプリカ作者が円山応挙となれば話が変わります。
若かりし円山応挙が、練習のために書いたものです。


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その円山応挙の金屏風の前で、新町通を南に向きました。
この先の「つがいのハト」の幕の辺りで、
八幡山の山町京都市中京区三条町が終わります。
その外側に、東西を貫く六角通が伸びています。


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「つがいのハト」の幕をくぐり新町通から六角通を東に向きました。
では、こちらを進んでいきます。


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新町通から、六角通を東に約10m進みました。
六角通の右(南)側に、こちらのお店があります。
昨年(2015年)のブログにも出てきていますね。
こちらの屏風と檜扇も見事なのですが、
今年(2016年)は商品の衣服が邪魔でよく見えません……


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新町通から六角通を東に約50m進み、北を向きました。
ここから北に、衣棚通が伸びています。


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衣棚通から、六角通を東に約70m進みました。
この辺りで、また室町通と交差します。


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六角通から、室町通を北に向きました。
この先に、黒い山が見えますね。「黒」が象徴なのは、黒主山です。


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室町通を北上し、黒主山を見上げています。
黒い山に、造花の桜が映えますね。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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黒主山の北側に、帯問屋の誉田屋源兵衛ががあります。
店頭の登り鯉は、2008年の創業270周年記念に製作されました。
こちらは木村英輝画伯の作品で、毎年1匹ずつ増えているそうです。
祇園祭後祭期間中に、毎年展示されています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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誉田屋源兵衛の前で、室町通を南に向きました。
黒主山脇の提灯が飾ってある辺りが、ここの会所です。
次は、そちらに向かいます。


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黒主山の会所に入ってきました。
こちらがご神体で、桜を見上げる大友黒主像です。
六歌仙の一人で、このような歌が「古今和歌集」に残されています。

春雨の 降るは 涙の桜花 散るを惜しまぬ 人しなければ

こちらの山は、この歌を題材にしています。
(その歌を歌う様子は、謡曲「滋賀」に出てきます)
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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黒主山の会所では、様々なものが売られていました。
面白いのは、扇子も粽もたいていが黒く染め挙げられています。
昨年(2015年)黒胡麻を練り込んだ生八つ橋を買いましたが、
今年(2016年)は何も買いませんでした。

黒主山の会所を出て、室町通を南に向いています。
ここで、また六角通と交差する辻に戻ります。
このまま南に進むと、鯉山に行くことができます。
左(東)側には浄妙山がいらして、右(西)は八幡山から来た道です。


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室町通から、六角通を東に向いています。
次は、こちらの浄妙山に向かいます。


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室町通から、六角通を東に約50m進みました。
(烏丸通まで、あと50mほどです)
こちらに、浄妙山が立っています。


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浄妙山の手前(西)に、浄妙山の会所があります。
こちらも、昨年(2015年)と比べて人出が多いですね。
ただ、こちらは何とか中に入れそうですね。


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会所の中に、ご神体の一来法師(左)と浄妙(右)の像です。
こちらの山の沿革は、第329回ブログに詳細が載っています。


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浄妙山の会所前で、六角通を西に向いています。
次は室町通の鯉山に向かうのですが、だいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回はここまでとします。

~次回は、鯉山と橋弁慶山を回ります~

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第416回 鯉山と橋弁慶山~2016後祭宵山散策~その4

[鯉山] ブログ村キーワード
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浄妙山会所の前で、六角通を西に向いています。
今回はこの先の室町通を南下して人気の鯉山に向かった後、
蛸薬師通を散策します。
撮影日は、2016年7月23日土曜日午後4時。
まだまだ日が高いですね。


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浄妙山会所より2軒西隣に、小物屋さんがありました。
宵山のときには、こういうお店にも人が集まります。


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こちらは、先程のお店よりほぼ向かい(北)にある自転車屋さんです。
祇園祭期間中は、注連縄(しめなわ)をされているようですね。


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浄妙山会所の前から、六角通を西に約30m進みました。
ここで室町通と交差します。
左(南)を進むと鯉山が立っています。
右(北)に進むと、前回ブログで訪れた黒主山が立っています。


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六角通から、室町通を南に向いています。
左(東)側に、「そうめん」の幟が見えます。
鯉山にちなんで、「出世そうめん」ということだそうです。
では、こちらを進んでいきます。


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六角通から、室町通を南に約80m進みました。
こちらに、鯉山と鯉山会所があります。


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……で、こちらから鯉山会所に入っていくのですが、
「ウナギの寝床」の土間部分どころか、
その先の室町通の路上にまで順番待ちの行列が続きます。
今年(2016年)は諦めようかとも思ったのですが、
少しずつですが人の流れもあったので、
ちょっとこの行列に並んでみることにしました。


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案の定、10分ほどで室町通の路上から
「ウナギの寝床」に入ってきました。
ここを抜けたら、いよいよ鯉山の会所内部です。


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鯉山会所の脇に、坪庭がありました。
その坪庭に、こちらの瓦が置いてありました。
「鯉」をモチーフにした京都市中京区鯉山町の紋が入っていますね。
この写真からしばらく、クリックしたら拡大されます。


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こちらが、鯉山の会所です。
鯉山ではお守りやお札以外にも手拭いや扇子も売っていますが、
特に手拭いのデザインがいいんですよね。
昨年(2015年)ここで買った手拭いも良かったですが、
今年(2016年)のものもなかなかですね。


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会所の奥に、鯉山のご神体の鯉像がいらっしゃいます。
こちらは、左甚五郎作の重要文化財です。
さらに奥に展示されている見送りは18世紀ベルギー産で、
大きなタペストリーを箟で切り取ったものです。
こちらも、重要文化財です。
クリックすれば写真が拡大するのは、ここまでです。


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鯉山会所から、室町通に出てきました。
鯉山の南側に、役行者山同様御献酒が飾ってありますね。


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鯉山の前で、室町通を南に向きました。
京都市中京区鯉山町の沿道には、提灯が並んでいますね。
では、ここを進んでいきます。


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鯉山から、室町通を南に約20m進みました。
こちらに、先ほどの鯉山への御献酒神蔵の出店があります。
今年(2016年)も昨年(2015年)同様、ここでコップ酒を買います。


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こちらが、今年(2016年)買った神蔵のコップ酒です。
昨年(2015年)同様、これで500円です。
甘くてフルーティーですが、実は微炭酸です。
お米独特の香りがいいですね。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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ではここから左手に神蔵、右手にカメラで歩いていきます。
つまり、ここから一杯やりながらべろべろになって歩いていきます。
神蔵の出店の前で、室町通を南に向いています。
ここで室町通は、蛸薬師通と交差します。


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室町通から、蛸薬師通を東に向きました。
向こうに、祇園祭の山が見えます。次は、あちらの方に向かいます。


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室町通から、蛸薬師通を東に約70m進みました。
こちらは、橋弁慶山です。


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橋弁慶山の東側に、橋弁慶山の会所があります。
会所の2F部分から、橋弁慶山のご神体が見えます。
左が武蔵坊弁慶で、右が牛若丸です。
こちらは、五条大橋上の両者の決闘を模しています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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橋弁慶山の前から、蛸薬師通を東に向いています。
前田コーヒーの先は、烏丸通との交差点です。
ここより先に、祇園祭後祭の山鉾は立ちません。


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橋弁慶山の会の前から、蛸薬師通を西に向きました。
では、今度はこちらを進んでいきます。


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橋弁慶山会所の前から、蛸薬師通を約50m進みました。
こちらの京町家は、小間物屋さんです。
こちらには祇園祭期間中、多くの方が訪れます。


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さらに、蛸薬師通を西に進みました。
ここで、室町通に戻ってきました。


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蛸薬師通から、室町通を南に向いています。
前祭ではここから南に山伏山が立ちますが、
後祭期間中は何も立ちません。


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室町通から、蛸薬師通を西に向きました。
これで、室町通以東の後祭の山鉾は全て見ました。
次は、ここを西に進みます。


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室町通から、蛸薬師通を西に約30m進みました。
こちらは、本門仏立宗の誕生寺です。
……なのですが、現在本堂を修復中です。
実は前祭中はこちらから工事車両が出てきて、
少しひやりとしました。


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誕生寺の前から、蛸薬師通を西に向いています。
もう目の前に、新町通が見えます。


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さらに蛸薬師通を西に進み、新町通まで来ました。
今年(2016年)は、布袋山が後祭には立たないようです。


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新町通から、蛸薬師通を西に向いています。
ここから蛸薬師通は急に狭くなり、
西の突き当りの後院通までこの狭さのままです。


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今度は蛸薬師通から、新町通を北に向きました。
目の前に、北観音山が立っています。
次はあちらに向かうわけですが、もうだいぶ写真を貼り付けました。
今回は、ここまでとします。

~次回は、北観音山と南観音山に向かいます~

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第417回 南北観音山の屏風祭~2016後祭散策~その5

[屏風祭] ブログ村キーワード

姉小路からあちこち散策して、新町通に戻ってきました。
第415回ブログでも書いたように、
新町通は祇園祭山鉾町でもいちばん屏風祭が多い地域です。
ですから、今回もその屏風祭に向かいます。


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蛸薬師通から、新町通を北に向いています。
今回は向こうの北観音山に寄った後、この新町通を南下します。
撮影日は、2016年7月23日土曜日午後4時半。
今年(2016年)は、まだまだ日が高いようです。


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蛸薬師通から新町通を北に約20m進み、
西側にある呉服問屋さんの中を覗きました。
店先から奥の坪庭まで、左右に金屏風が並びます。
中央には、北観音山の模型と檜扇が飾ってあります。
こちらには、2012年にお邪魔しました。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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こちらは、その呉服問屋さんの北隣です。
どうもこちらも、先ほどの呉服問屋さんの同じお店のようです。
こちらにもたくさんの方々が訪れておられるので、覗いてみます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


417-4.jpg
こちらがその店内です。こちらには昨年(2015年)にも訪れましたね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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同じお店の北側は、このようになっています。
金屏風の絵柄と檜扇が、見事なバランスで配置されています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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呉服問屋の前で、新町通を北に向きました。
青空に、北観音山が映えますね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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こちらが、北観音山です。
後祭には大船鉾しか「鉾」が立ちませんが、
その分「山」の中でも大きな「曳山」がたくさん立ちます。
そう言えば、復活を目指す鷹山も「曳山」でした。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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北観音山の南側で、新町通を南に向きました。
次は、蛸薬師通より南に見える南観音山を目指します。


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新町通と蛸薬師通との辻の北西角に、こちらの呉服問屋があります。
この日(2016年7月23日)は、こちらで大安売りをされていました。
たくさんの方が、こちらに立ち寄られていました。


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今度は蛸薬師通から、新町通を南に向きました。
次は、向こうに見える南観音山に向かいます。


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新町通と蛸薬師通との辻の南西角から2軒南に、
こちらの小間物屋さんがありました。
くまモンのグッズがたくさん並んでいますね。
祇園牛頭天王が「天災の神様」である側面もあるので、
祇園祭保存会と熊本市は互いに交流があるようです。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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さらに新町通を3軒ほど南に進みました。
こちらの小間物屋さんには、
前祭と後祭の山鉾のミニチュアが飾ってありました。
こちらには、昨年(2015年)も訪れました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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その小間物屋さんの向かい(東)側に、こちらの飲食店がありました。
店頭で、飲み物を販売していますね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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そのお店でこちらを買いました。紙コップに抹茶が入っています。
もうソルティーライチが切れていたので、ここで水分補給です。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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そのお店の前で、新町通を南に向きました。
目の前に、南観音山が見えます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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前祭で立ち寄った南観音山会所の前に
南観音山の大きな曳山が立ちます。
有料ですが、この2Fから南観音山に上がることができます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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こちらが南観音山です。
都合により、今年(2016年)も山には上がりません。
水引の天人図が、新調されて真新しいですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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南側に回って、南観音山を見ています。
提灯の「百」は、京都市中京区百足屋町を表しています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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同じ場所で、新町通を西に向きました。
こちらのお店も、大安売りをされていました。
こちらは、傘と暖簾を売っておられました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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南観音山の南側に、こちらの展示がありました。
色とりどりの団扇が飾ってありますね。
こちらは、自分が子供のころには毎年恒例になっていました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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こちらが、その展示されている団扇です。
製作される作家さんごとに枠組みが作られているようですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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南観音山から新町通を南下すると、すぐに錦小路との辻に出ます。
この辺りは、後祭でも結構な賑わいです。


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新町通から、錦小路を西に向きました。
前祭のときは、ここを進み、蟷螂山へ向かいました。


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今度は新町通から、錦小路を東に向きました。
前祭のときはこの先に霰天神山が立っていました。
その前の中華料理屋さんは、
後祭には名物の浸みだれ肉まんを販売していません……


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錦小路から、新町通を南に向いています。
前祭のときはここから南に放下鉾が立ちますが、
後祭中には何もありませんね。
では、ここを南下していきます。


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こちらは、放下鉾会所脇に立ってるお店です。
4年前にこちらに来たときはイタリア料理店でしたが、
今は韓国料理屋さんに変わっていました。
ただ、ワインの豊富な種類は当時と変わりません。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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その韓国料理屋さんで、こちらの海鮮チジミを買いました。
前回ブログ神蔵の肴にしたら最高でしょうね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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放下鉾会所の前から、新町通を南に向いています。
四条通が間もなくですね。
さらに南の大船鉾が、かすかに見えますね。


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その辺りの新町通の地面を撮りました。
アスファルトに、4つの石が埋まっています。
この石の辺りに、前祭中に放下鉾が立っていました。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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その辺り(四条通と錦小路の中間の新町通沿い)に、
こちらのお店がありました。
割烹と居酒屋さんの中間のようなお店です。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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その「いち」というお店で、こちらを買いました。
先程の写真に写っていた店先の席に座って、頂けます。
こちらは、鱧フライのハンバーガーです。
ハモ以外には、トマトと梅肉入りタルタルソースが入っています。
「祇園祭と言えば、ハモ」
そう言われるくらいこの時期の定番の魚ですが、
ハンバーガーで食べるのは初めてです。
一見単なる白身魚なのですが、そこはハモの食感が残っています。
ただ、ハモ独特の小骨はありませんでした。
自分は知らなかったのですが、もう何年も出しているそうです。
放下鉾前のため前祭中にも出しているそうで、
来年(2017年)もここに寄ろうと思います。
(こちらも、祇園祭名物になりそうですね)
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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その「いち」の向かい(東)側に、こちらのはんこ屋さんがあります。
店頭に祇園祭の山鉾のミニチュアを販売しているので、
たくさんの方々が訪れています。
こちらにも、昨年(2015年)に立ち寄りました。


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新町通を南下してきて、ようやく四条通との交差点に来ました。
信号が変わると、多くの方々が一斉に四条通を横断します。
ここを渡ると、京都市中京区放下鉾町から
区境を越えて京都市下京区四条町に変わります。


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新町通から、四条通を東に向きました。
向こうに、月鉾の会所があります。
前祭とは異なり、後祭では静かなものです。


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四条通から、新町通を南に向ています。
すぐ先に、大船鉾が見えますね。
昨年(2015年)とは異なり、ここに来ても日が高い時間帯です。
「現在大船鉾見物の順番待ちは、約1時間です」
大船鉾が立つ四条町の町衆の方がそうおっしゃいました。
それでもまだ日の高い(撮影可能な)時間なので、
順番待ちに参加して今年(2016年)は
大船鉾に上がってみようと思います。
ただ、今回もだいぶ写真を貼り付けたので
その場面は次回に掲載します。

今回は、ここまでです。

~次回は大船鉾に上り、綾傘鉾に立ち寄って帰宅します~

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第418回 大船鉾に登る~2016後祭宵山散策~その6

[大船鉾] ブログ村キーワード
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四条通から、新町通を南下しています。
この京都市下京区四条町に、大船鉾が立っています。
この時点で、2016年7月23日土曜日午後5時です。
日没までに、まだ2時間近くあります。
ですから、諸々の事情で昨年(2015年)は諦めた大船鉾拝観を
今年(2016年)は順番待ちをした後に行います。


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大船鉾は、北側に向いた船の形をした鉾です。
「鉾」の名前はありますが、槍状の矛を装着していません。
船首には木製の龍頭が装着されています。
これは昨年(2015年)のものとは、大きく異なります。
この写真から、暫くクリックすれば拡大されます。


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祇園祭後祭屈指の人気のある大船鉾ですから、
鉾に登ろうとする方は相当数いらっしゃいます。
この辺の交通整理をされている町衆によると
だいたい1時間待ちなのだそうですが、
思ったよりも人の流れは早いようです。
船首下から船腹下までだいたい15分掛かりました。
見上げると、大船鉾に町衆が20人ほど乗られていました。
そこで、祇園囃がまた響いてきます。


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大船鉾の下の方を見ています。
車輪の軸に、こちらの紋章が見えます。
これが、大船鉾が立つ京都市下京区四条町の紋なのでしょうね。


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さらに約10分かけて行列が進み、大船鉾の船尾に回ってきました。
黒漆塗りの舵を持つ前祭の船鉾に対して、
この大船鉾は朱塗りの舵を有しています。
大船鉾の後掛けの飛龍図をこのブログに載せるのは、
そう言えば今回が初めてですね。
この時点で祇園囃も終わり、また大船鉾に登れるようになりました。


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大船鉾の船尾から、西側に回り込みます。
こちらの町屋の2Fから渡り廊下を伝って、
大船鉾に乗り込むことができるようですね。


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最初に大船鉾の拝観の行列に並びだしてから、約30分が過ぎました。
(結局、思っていた時間の半分で入れました)
では、この注連縄のある門から大船鉾に向かいます。
家の奥まで続く細長い土間は、京町屋の典型ですね。


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土間から上がり、表の間の奥にある細長い急な階段を上ります。
この「箱階段」も、京町屋の典型ですね。


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この京町屋の2Fに上がってきました。
奥の神棚に、こちらの掛け軸が祀ってありました。
中央に八坂神社の主神「祇園 牛頭天王」の名があります。
左の「水将(水晶)弁財天王」が、妻の頗梨采女でしょうね。
となると、右の「八大王子」も息子たちの八王子のことでしょうね。


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こちらは、階段を上ったところにある胴掛や水引です。
だいぶ古いものなので、今は使われていないようです。


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その脇には、前掛と後掛が展示されていました。
こちらも古いもので、今は使われていません。


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2Fで、外側に向きました。
人が何人も通れるくらい大きな窓が付いています。
右側に大きな紙垂が置いてありますが、
こちらが昨年(2015年)までの大船鉾の船首でした。
今年(2016年)から、大船鉾の船首は
先程の龍頭とこちらの紙垂と交互に装着されるそうです。
(少しずつ、どんどん焼け以前の状態に戻っていきます)


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その窓の端に、渡り廊下が取り付けられています。
こちらから、大船鉾の上に向かいます。


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その渡り廊下の上で、北を向きました。
ここは新町通上で、ずっと先に四条通が見えます。
2016年も祇園祭後祭宵山は、とても賑やかですね。


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同じ場所で、大船鉾の船首を撮りました。
後で知ったのですが、
こちらは滝尾神社龍の彫刻を彫られた彫刻家の末裔が
製作されたそうです。
この後こちらの龍頭は彩色されるそうで、
2018年にはまた違った大船鉾になることでしょうね。


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では、大船鉾内部に上がります。
10人も入れば満員だと思うのですが、
祇園囃の囃手さんは数十人はいらしたように思います。
(つまり、それくらいぎゅうぎゅう詰めになるということです)


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大船鉾に上がりました。こちらは、大船鉾の床の部分です。
場所を間違わないためでしょうか、
墨できちんと番号が書かれていますね。


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大船鉾の船首側に回り込みました。
先程から出てきている龍頭の背後を撮りました。


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こちらが、大船鉾の天井部分です。
よく見ると、金箔を施してあります。


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大船鉾の船尾部分に回ってきました。
この先に神棚がありますが、
こちらにご神体の神功皇后が入られるのでしょうね。


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では、大船鉾内部を一通り見て回ったので
渡り廊下から町家の方に向かいます。


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渡り廊下の先に、先ほどとは別の少し大きな階段があり
そちらから1Fに下ります。
下りたところが細長い土間の奥で、初めに脱いだ靴を受け取ります。


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奥の土間は、台所になっていました。
これも、典型的な京町屋の形式ですね。
台所には、火災除けの愛宕神社のお札が貼ってありました。
(ウチは、霰天神山のお札が貼ってあります)


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大船鉾に上がれる町家を出ました。
その南隣の町屋が、大船鉾の会所です。
こちらの奥にご神体の神功皇后がいらっしゃるのですが、
こちらと鈴鹿山のご神体鈴鹿権現は何となく写真に撮るのが憚られて
この位置から撮るだけにします。
クリックすると写真が拡大されるのは、ここまでです。


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大船鉾から、新町通を南に向いています。
目の前で、東西に伸びる綾小路が交差しています。
前祭ではここより南に船鉾が、綾小路の西に伯牙山が立ちますが、
後祭期間中はとても静かなものです。


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新町通から、綾小路を東に向いています。
すぐ先に、綾傘鉾の会所が見えます。
綾傘鉾は前祭の山鉾ですが、後祭も会所だけ開けておられます。


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その綾傘鉾の会所は、こちらの大原神社境内になります。
こちらは、京都府福知山市にいらっしゃる大原神社の分社です。
これ以降、暫く写真をクリックすると拡大されます。


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先ずは、こちらの手水舎で手を浄めます。
なんだかんだで、ここには毎年来ていますね。


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手水舎の脇に、こちらの稲荷社がいらっしゃいます。
先ずは、こちらからお参りです。


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これはうっかりなのですが、大原神社本殿を撮っていません。
(しっかりと、お参りはしました)
本殿の西側に、八坂神社御祭神の牛頭天王の掛け軸があります。
おそらく、これ自身がご神体です。
次は、こちらにお参りです。
その脇に、綾傘鉾の模型が飾ってあります。
こちらは現在の綾傘鉾と大きく異なりますが、
近年中にこの模型の形になっていくそうです。
クリックすれば写真が拡大されるのは、ここまでです。


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綾傘鉾会所である大原神社の前で、綾小路を東に向きました。
では、ここを進んでいきます。


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大原神社から、綾小路を東に約50m進みました。
こちらは、焼肉屋さんの「はやし」です。
第317回ブログに」出てきた大香園、
第399回ブログに出てきた水月亭と並ぶ
個人的に選んだ「京都3大焼肉」の1軒です。
ただし、ここの本店は近鉄「東寺」駅前です。


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この辺りで、綾小路は室町通と交差します。
前祭では賑やかでも、後祭中はとても静かですね。


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綾小路から、室町通を北に向いています。
前祭中は、こちらに鶏鉾が立ちます。


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今度は綾小路から、室町通を南に向きました。
前祭中は、こちらに白楽天山が立ちます。


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さらに、室町通から綾小路を東に向いています。
では、こちらを進んでいきます。


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室町通から、綾小路を東に約100m進みました。
ここで室町通は、烏丸通と交差します。


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室町通から、烏丸通を北に向きました。
約100m先に、京都屈指の繁華街「四条烏丸」交差点があります。
この辺りはたくさんの商業施設が並び、
京都でも一番二番の賑やかな場所ですね。


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烏丸通の横断歩道を東に渡り、
「綾小路烏丸」交差点北東角に来ました。
ここから階段を利用して、地下鉄烏丸線に乗ります。
お酒を飲んでいるので、自転車は鞍馬口に放置して
いったん帰宅します。
(自転車は、翌日回収しました)

これで、2016年祇園祭関連の記事のすべてを終えます。

~次回は、まだ高倉通には戻りません。
夏休みを利用して、母を太秦に案内してきました~

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祇園祭前祭のブログの更新が少し遅れます

今回ブログは、緊急の仮処置です。
次回ブログを更新次第消去します。



今回は、まったく写真がない回です。
2017年7月16日に、まる1日かけて前祭の宵山を取材しました。
その日の午後3時ごろ急に夕立が降ったのですが、
その時慌ててカメラを撮ったせいで、
デジタルカメラを落としてしまいました。
すると地面に叩きつけられたカメラは、
レンズが故障し動かなくなりました。

そこで約2時間かけて寺町のエディオンまで行って
修理を断念し(時間のお金がかかるそうです。後日改めて修理予定)
新しいカメラを買ってまた取材を再開しました。

ところが、帰宅後そのカメラの画像をPCにダウンロードする際に
また別の問題が発生しました。
カメラからPCに画像をダウンロードするのに
無線LANを使うのですが、
ウチのPCはそもそもその設定がされていません。

ですからその設定をしなければならないのですが、
2017年7月17日はどうしても仕事が立て込んでいて、
翌7月18日以降にその設定を始めないといけません。
つまり無線LANの設定が終わるまで、
カメラから写真をダウンロードできません。

その分、次回ブログの更新が遅れていきます。

次回ブログの更新は、
2017年7月20日(木)の予定です。


いろいろ混乱させて、申し訳ございません。

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第494回 先ず保昌山から~前祭宵山散策2017~その1

[保昌山] ブログ村キーワード
この度デジタルカメラの故障により、
ブログ更新が遅れました。
そのことについて励ましのコメント等を頂き、
ありがとうございました。


そういう訳で多少日が経ちましたが、
今年(2017年)も祇園祭の連載記事を始めます。
2015年2016年は後祭の宵山を散策しましたので、
今年は3年ぶりに前祭の宵山を散策します。
山鉾だけでなく周辺の神社なども回りましたので、
相当ボリュームのある内容となりましたが、
よくよく考えたら休憩なしで
1日で回る分量ではありませんでした……


494-1.jpg
京都駅から地下鉄烏丸線に乗って、約5分。
こちらは、地下鉄烏丸線「四条」駅です。
写真がちょっと斜めなのは、ご愛嬌ということで。
今回も、ここから祇園祭前祭宵山散策を始めます。
撮影日は、2017年7月16日前祭宵山の午前11時半。
この時間帯は、むしろ熱中症が気になりました。
そうそう、今回ブログの写真はクリックすると全て拡大されます。


494-2.jpg
今まで乗っていた国際会館行きの地下鉄が、出発しました。
おそらく四条通に近い北側は相当混んでいるのでしょうが、
仏光寺通に近い南側はそうでもありません。


494-3.jpg
では、こちらの地下鉄「四条」駅南階段から上がります。
仏光寺通には、ここからが便利です。


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コンコースを上がり、地下鉄「四条」駅南改札口に来ました。
では、ここからこの駅を出ます。


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地下鉄「四条」駅南改札を抜けて、東を向きました。
では、こちらの5番階段から上がります。


494-6.jpg
地下鉄烏丸線「四条」駅5番階段を上っています。
その途中に、こちらの「サイゼリヤ」があります。
2012年の全山鉾完全制覇のときに、立ち寄ったお店です。
(2013年までは、祇園祭の宵山は毎年7月16日のみでした)
地下にあるので観光客に気づかれにくく、
おかげでこういうお祭りでも空席が確保できます。
まぁ常連が多いお店なので、いつもそこそこ人がいます。
(それを知っているのは、自分がよくここを利用しているからです)


494-7.jpg
そのサイゼリアの入り口に背を向けて西を向いています。
では、こちらから地上に上がります。


494-8.jpg
地下鉄烏丸線「四条」駅5番出口から、地上に出ました。
すると、ちょうど「仏光寺烏丸」交差点北東角に出ます。
こちらは、烏丸通から仏光寺通を西に向いています。
第389回ブログでは、こちらから菅大神社に向かいました。
今回の連載でも、何回か後に立ち寄ります。


494-9.jpg
今度は仏光寺通から、烏丸通を北に向いています。
ここから約200m先に、「四条烏丸」交差点があります。


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さらに、仏光寺通から烏丸通を南に向きました。
先に烏丸通以南の山鉾を見て回りますので、
こちらの方を進んでいきます。


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仏光寺通から、烏丸通を約30m南下しました。
こちらは、祇園祭の主神八坂神社の大政所御旅所です。
祇園祭では、山鉾巡行の後に神輿渡御が行われます。
その際、こちらには「三若会」の中御座と
「錦神輿会」の西御座が立ち寄られます。


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八坂神社大政所御旅所の前で、烏丸通を南に向きました。
では、さらにこちらを進んでいきます。


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その辺りの烏丸通を南下中に、西を向きました。
元々、こちらには五条警察署がありました。
それが七条警察署など京都市街地中心部の警察署同士統合され、
「下京警察署」として生まれ変わりました。


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仏光寺通から、烏丸通を約100m南下してきました。
ここで、烏丸通は高辻通と交差します。


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烏丸通から、高辻通を東に向いています。
「高辻烏丸」交差点は、京都銀行本店とその関連ビルに囲まれます。
次は、ここを東に進みます。


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京都銀行本店東館の最東端に、小さな祠がいらっしゃいます。
こちらは、匂天神社です。(沿革は、第210回ブログの終盤で)
お参りを済ませたら、先を急ぎます。




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その辺りで、高辻通を南に向きました。
約40m先に見える瓦屋根は、天台宗智山派平等寺のものです。
(本山は、智積院です)
「がん封じ」で有名ですが、今回は立ち寄りません。
(平等寺の様子は、第211回ブログを参照)


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烏丸通から、高辻通を東に約100m進みました。
こちらで、高辻通は東洞院通と交差します。


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東洞院通から、高辻通を東に向いています。
約100m先に、浄土真宗仏光寺派本山佛光寺が見えます。
第388回ブログなど、たびたびお邪魔しています。


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高辻通から、東洞院通を南に向きました。
ここから、保昌山(やすまさやま)が見えますね。
では、今年(2017年)も祇園祭前祭の山鉾を回っていきます。


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高辻通から、東洞院通を約50m南下しました。
こちらが、保昌山です。先ずはこちらにお参りです。


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保昌山の脇に、保昌山の会所があります。
こちらは1Fに前掛や見送りなどを展示し、
2Fには外から見える位置にご神体の木像が安置されます。
この形式は、他の多くの山で見られます。
(形式上、「鉾」にこの展示方法はありません)
そして、こちらのご神体は平井保昌の木造です。
脇に梅の造花がありますが、
後の妻和泉式部に求婚するため、天皇所有の梅の木の枝を折って
それを平井保昌が和泉式部に送ったという伝承に基づいています。
(バレたら、もちろん処刑です……と言いますか、
梅園から保昌が逃げる際に矢を射かけられ、危うく死ぬところでした)


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こちらはその1Fですが、人混みでこれ以上中に入れません。
保昌山は高辻通以南唯一の山鉾なのですが、
若い女性中心にたくさんの方々が参拝に来られていました。
各山鉾はそれぞれ独立した神社なので、
御利益の方も千差万別です。
求婚に命を懸けた平井保昌を祀るこの山は、
「縁結び」「恋愛成就」のご利益があるとされます。
実は山の周囲に掛かっているたくさんの絵馬も撮ったのですが、
そちらは祈願された方の住所や氏名がはっきり写っていたので、
ブログの掲載は割愛します。


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保昌山から、東洞院通を北に向いています。
では、ここから高辻通に戻ります。


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「高辻東洞院」交差点の北東角に、
こちらのお医者さんがいらっしゃいます。
大桜の大木が、毎年春になると絶景に変わります。
(第388回ブログをを参照)


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東洞院通から、高辻通を西に向きました。
この保昌山を除けば、高辻通が祇園祭最南端です。
では、こちらを進んでいきます。


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東洞院通から高辻通を約100m西に進み、
「高辻烏丸」交差点に戻ってきました。
では、こちらの横断歩道を渡りさらに高辻通を西進します。


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烏丸通から、高辻通を西に向いています。
向こうに見える信号の辺りで、室町通と交差しています。


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烏丸通から、高辻通を西に約100m進みました。
こちらが、「高辻室町」交差点です。


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では室町通の横断歩道を渡り、高辻通北側歩道に移ります。
祇園祭で立つ山鉾の約3割が、この室町通に集中します。



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室町通から、高辻通を西に向きました。
向こうに見える瓦屋根の建物は、小さな神社です。


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では、この小さな神社「繁盛神社」にお参りします。
自分も含めたこの辺の人間は、「繁盛の宮」と呼んでいます。


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「繁盛宮」と書かれた扁額が架かる鳥居をくぐると、
すぐにこちらがありました。
先ずは、この手水舎で手を浄めます。


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では、繁盛神社の本殿にお参りします。
社務所にいつもどなたかいらっしゃるのですが、
この時間帯は留守でした。

「繁盛」神社だけに、こちらは商売繁盛のご利益があります。
この神社の御祭神は諸説ありますが、
祇園祭ご祭神「祇園 牛頭天王」の妻「頗梨采女」(はりさいにょ)が
有力と考えられます。


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繁盛神社の前から、高辻通を東に向いています。
では、ここから約50m先の室町通に戻ります。


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高辻通から、室町通を北に向いています。
室町通には、西陣織などの呉服問屋や小売店が建ち並びます。
これは15世紀以降600年間変わらず、
祇園祭は「町衆」と呼ばれるこのような商人に支えられてきました。
ではここから、室町通を北上していきます。


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こちらは、先ほどの写真にも写り込んでいた
「森茂」という呉服問屋です。
祇園祭の間中、この辺りの企業はお祭りモードに変わります。


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こちらは、その「森茂」の北隣の呉服問屋です。
祇園祭期間中は、かつてはこのような企業が
屏風など家宝の美術品を展示したり、
このような催し物を行ったりしていました。
ただバブル崩壊(1993年)以後家宝の展示は激減し、
催し物も取引先や近親者に限定した
招待者のみの非公開が一般的になりました。


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その呉服問屋の向かい(西)側にあった駐車場で、
このようなガレージセールが行われていました。
実は、これも祇園祭のもう一つの側面です。
こちらも、たくさんの人で結構賑わっていました。


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高辻通から、室町通を約100m北上しました。
ここで室町通は、仏光寺通と交差します。
「仏光寺室町」の辻北東角に、第237回ブログで紹介した
日吉神社がいらっしゃるのですが、
この日(2017年7月16日)は閉まっていました。

次はこの先(北)に見える「白楽天山」に向かいますが、
今回はもうだいぶ写真を貼り付けたので、ここまでとします。

~次回は、綾傘鉾が立つ大原神社に参拝します~

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第495回 綾傘鉾 大原神社~前祭宵山散策2017~その2

[綾傘鉾] ブログ村キーワード
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仏光寺通から、室町通を北に向いています。
前回ブログで地下鉄烏丸線「四条」駅から保昌山にお参りした後、
高辻通経由でここまで進みました。
今回は室町通を四条通まで北上しつつ、途中の山鉾を回ります。
撮影日は、2017年7月16日日曜日午前11時45分。
今回も、クリックした写真は全て拡大されます。


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室町通から、仏光寺通を東に向いています。
約100m先に烏丸通が見え、
そこに地下鉄烏丸線「四条」駅5番出口があります。
(今回の連載のスタート地点ですね)
つまり、前回ブログでは南北はともかく
東西はたったこれだけしか移動していません……


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また仏光寺通から、室町通を北に向き直りました。
次は、目の前の白楽天山に向かいます。


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仏光寺通から、室町通を北上しました。
すると、すぐに白楽天山の会所がありました。


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会所内は賑わっていて、押し合いへし合い撮影しました。
そのため、前掛と見送りの写真がブレたので掲載しません。
こちらが、ご神体の白楽天と道林禅師の木像です。
故事通りなら道林禅師がこの山の主役なのですが、
それでも白楽天がこの山の名前になったのは、
白楽天の方が有名だったからでしょうね。

また、白居易(白楽天)は9世紀の中国の詩人として有名ですが
(杜甫李白と並ぶ「唐三大詩人」ですね)
日本人の小野篁に似た伝承も残しています。
「有名な詩人で有能な官僚が、裏の世界で奇怪な事件を解決する」
というのは明らかに事実無根でしょうが、
それでも庶民の心をつかむ話なのでしょうね。


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白楽天山会所の前で、室町通を北に向きました。
目の前に、白楽天山が立っています。
こちらは、太子山同様に「受験の神様」です。
まだ前掛や胴掛は付いていませんが、
中央に松の木がしっかり立っています。


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白楽天山から、室町通を北に向いています。
この辺りから北の室町通沿いに、露店が立ち並んできます。


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仏光寺通から、室町通を約100m北上しました。
目前に鶏鉾が立っていますが、先に手前の綾小路をうろうろします。


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室町通から、綾小路を東に向いています。
この辺りから約100m先まで4車線になるのは、
元々こちらに市バスの車庫があったからです。(今は工事中)
この辺りが一番露店が立つはずなのですが、
この時間帯(2017年7月16日正午前)は何もありません。


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今度は、室町通から綾小路を西に向きました。
こちらに、綾傘鉾が立っています。「綾小路の方の傘鉾」ですね。
(傘鉾は、他に四条通沿いにも立ちます)


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室町通から、綾小路を西に進みました。
これは「傘鉾」という形態で、他の「鉾」とは異なります。
(ですから、四条傘鉾と綾傘鉾は巡行行列のくじも別枠です)
その傘の形状も、葵祭の巡行行列に登場するものとよく似ています。


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綾傘鉾から、綾小路を西に向きました。
綾傘鉾からさらに西に、綾傘鉾の会所があります。


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こちらが綾傘鉾の会所です……と言いますか、
どう見ても八坂神社とは異なる神社です。
こちらは元々福知山市三和にいらっしゃる神社が
この地に勧請したものです。


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では、綾傘鉾会所でもある大原神社に入っていきます。
こちらが手水舎なのですが、見ての通り大入り満員です。


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順番待ちで手を浄めた後、境内末社の稲荷社に参拝します。
賽銭箱がないので、祠自体に10円玉を載せます。


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では、大原神社本殿にお参りします。
福知山市三和の大原神社は
御祭神が伊弉冉命(いざなみのみこと)で安産の神様なので、
おそらくこちらも同じはずです。
そして大原神社本殿の左(西)側が社務所で、
そちらが綾傘鉾の会所として機能しています。


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大原神社本殿の脇に、こちらが生けてありました。
祇園祭の象徴でもある檜扇(ひおうぎ)ですね。


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綾傘鉾会所には、こちらの手拭いが売られていました。
ここ数年、各山鉾町の会所でオリジナルの手拭いが売られています。
後祭鯉山のものが以前から人気がありましたが、
近年はどの町内もなかなか凝った手拭いを作っています。
個人的にはこの綾傘鉾と油天神山のものがお気に入りです。


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手拭いの奥に、こちらの仮面が置かれていました。
山鉾巡行のときに行われる棒振り踊りで、こちらを付けて踊ります。
ちなみに、奥の仮面は昔使われていたものです。
さらに奥に「牛頭天王」と書かれた掛け軸があります。
祇園祭を取り仕切る八坂神社のご祭神は
現在は素戔嗚尊(すさのおのみこと)ですが、
神仏分離令以前は牛頭天王でした。
牛頭天王は天然痘をまき散らす疫神(厄病神)で、
そもそも祇園祭はその天然痘除けのお祭りでした。


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その間に、こちらの模型がありました。
江戸時代の一時期(19世紀半ば)、綾傘鉾はこの形状でした。
以前の山鉾巡行TV中継でいずれはこの形状に戻る予定と
放送されていたのですが、
会所にいらした町衆に質問したところ、
「資金などの問題があり、なかなか厳しい」とのことでした。
(車輪一つだけでも、膨大な資金が必要だそうです)


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大原神社の前で、綾小路を東に向いています。
本当は綾小路にはさらに西に伯牙山と芦刈山が立っていますが、
全山鉾制覇の順路の関係で室町通に戻ります。


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綾傘鉾の東側で、室町通を東に向きました。
では、ここを進んでいきます。


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綾傘鉾の前から、綾小路を東に約50m進みました。
ここで綾小路は、また室町通と交差します。
右(南)側に、オレンジ色のテントが見えます。
こちらは、自分が子供のころから続く遊技場です。
手前が射的で、奥がスマートボールです。
自分はここで何回も遊んで、スマートボールが得意になりました。


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綾小路から、室町通を北に向いています。
目の前に、先ほども出てきた鶏鉾が立っています。
こちらの胴掛はベルギー製のタペストリーで、
後祭の鯉山見送りと元は1枚の絵画でした。


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本当は鶏鉾の上に登りたかったのですが、
結構な人待ちが出ていて長蛇の列だったので、諦めました。
その鶏鉾の北側から、室町通を北に向いています。
次は、ずっと先に見える四条通を目指します。


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綾小路から四条通へ室町通を北上しています。
先述の通り、この辺りの露店が一番賑わいます。
ただ正午直前のこの時間は、まだまだ開店前でした。
(四条通以北や新町通の露店は、もう開店しています)
1軒だけヨーヨー釣りのお店が、開店……しているのでしょうか?


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鶏鉾から、室町通を約100m北上しました。
ここで室町通は、四条通と交差します。
四条通以北の室町通には菊水鉾と山伏山が立ちますが、
先に四条通以南の山鉾を回る予定なので、
ここからは四条通をうろうろします。


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室町通から、四条通を東に向いています。
向こうに遠景ですが、函谷鉾(かんこぼこ)が見えます。
中国の洛陽と長安の間にある函谷関が由来です。
こう書くと「三国志」あたりから取材しているみたいですが、
司馬遷の「史記」に出てくる鶏鳴狗盗から取材しています。

本当はここで函谷鉾に寄ればよかったのですが、
あとで長刀鉾に寄るついでにこちらに来ようと
この瞬間は思っていました。
(それが事実上不可能なのは、この後で実感しました)


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今度は室町通から、四条通を西に向きました。
こちらに、月鉾が立っています。
次はこちらに進むのですが、今回もだいぶ写真を貼り付けました。
今回は、ここまでです。

~次回は、伯牙山会所の奈良屋杉本家にお邪魔します~

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第496回 伯牙山杉本家住宅~前祭宵山散策2017~その3

[杉本家住宅] ブログ村キーワード
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室町通から、四条通を西に向いています。
目の前に、月鉾が立っていますね。
今回は新町通から南下した後、綾小路で少しだけ西に進みます。
撮影日は、2017年7月16日日曜日宵山の正午。
この時点は、カンカン照りでした。
また、今回もクリックした写真が全て拡大されます。


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さて、こちらが月鉾です。
祇園祭の山鉾の中でも、最大級の鉾ですね。
こちらは、月の化身の月読命(つくよみのみこと)がご祭神です。
当初はここを登ろうかとも思っていたのですが、
そこは屈指の人気の鉾です。
この人出を見て、今年(2017年)は登るのを諦めました。


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月鉾の西側から、四条通を西に向いています。
ここで四条通は、新町通と交差します。


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新町通から、四条通を西に向いています。
ずっと先に、郭巨山が見えますね。
四条通には、さらに西洞院通の西に四条傘鉾も立ちます。
ただ、そちらには今回よりずっと後のブログで回ります。


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今度は四条通から、新町通を北に向きました。
目の前に、放下鉾が立っています。
ただ今回は先に四条通以南の山鉾を回りますので、
こちらには四条傘鉾や郭巨山の後に向かいます。


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四条通から、新町通を南に向いています。
露店が立たない四条通とは、新町通の様子は全く違いますね。
では、こちらを進んでいきます。


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四条通から、新町通を南下しています。
この辺りは京都市下京区四条町なのですが、
後祭には大船鉾が立ちます。
ただ前祭は、大船鉾が立ちません。
そのため、四条町の大船鉾の会所はこの時点ではこんな感じです。
(1週間後には逆になって、四条通以南は大船鉾だけ立ちます)


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新町通は、高辻通から錦小路まで午前中から露店が立ちます。
こちらは、「アユの塩焼き」の露店ですね。
この位置に、毎年立っています。(第235回ブログ載っています)


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こちらの露店は、花見の季節なら八坂神社に
正月には伏見稲荷大社にも立ちます。
自分も、だんだん馴染みになってきています。
いつもなら日本酒片手に食べるのですが、
熱中症寸前でそれは危険なので、これだけを頂きます。


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約3分で、アユをまるまる食べました。
アユは身もおいしいですが、自分は頭部や腹部の内臓が好きです。
まぁ骨も普通に食べますので、最後はこうなります。
では、この串を露店に返して先を進みます。


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その南側に、こちらの飲食店があります。
「料亭」ではないのですが、そこそこ高級なお店です。
ただ昼食はそこまでは高くはなく、
同行していたウチの母がちょっと興味を持っていました。
この後に行きたいお店があったので素通りしたのですが、
結果論としてはここに寄らなかったために昼食抜きになりました。


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四条通から、新町通を約100m南下しました。
ここで、綾小路と交差します。
向こうに船鉾が見えますが、そちらには次回ブログで回ります。


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新町通から、綾小路を東に向いています。
向こうに、前回ブログで回った綾傘鉾が見えますね。


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今度は、新町通から綾小路を西に向きました。
では、向こうに見える伯牙山に向かいます。


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新町通から、綾小路を西に約50m進みました。
こちらに、伯牙山が立っています。


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こちらが、伯牙山です。
こちらの山には、もう胴掛が付けられていますね。
この辺は、各山鉾で異なります。


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伯牙山の北側に、立派な京町家が建っています。
こちらが、伯牙山の会所です。


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新調された胴掛や水引に囲まれて、
伯牙山のご神体がいらっしゃいます。
中国随一の箏の名手伯牙の木像のことです。
垂れ幕で見えませんが、親友の病死のため
伯牙は苦悶の表情で斧を持っています。


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そして、こちらが伯牙愛用の箏です。
故事によると、この直後に伯牙はこの箏を斧で壊します。
「親友と一緒に演奏できないなら、この箏を壊してしまおう」
という発想だそうです。


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こちらの山は中国の故事から取材しているので、
胴掛や見送りも明や清のものが多いそうです。
また、それらの前に檜扇(ひおうぎ)が飾ってあります。
祇園祭を象徴する花ですね。


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伯牙山会所の東側にも、この京町家への入り口があります。
こちらは元々奈良屋という京都屈指の呉服問屋で、
現在はこちらを管理されている杉本家の住宅です。
(つまり、仕舞屋ですね)


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杉本家住宅は重要文化財に指定されており、
屋内の写真撮影は一切禁止されています。
そのため、こちらの方に許可を得た上で
こちらで販売されていた絵葉書を撮影しています。
(「これは絵葉書であって、屋内を直接撮影したものではない」
とブログ内に書き込むことが許可を得る条件)
左側は、この家屋のはしりとおくどさん(つまり、台所)です。
実はこの日(2017年7月16日)に見たものとは、少し違います。
右側は、床の間に飾ってある伯牙山の掛け軸と箏ですね。

実は、この写真は新しいカメラで撮った写真の初披露です。
一見すると変わらないのですが、画素数が全然違います。
写真をクリックすると、その違いがよくわかります。


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杉本家の絵葉書は、もう1枚あります。
(こちらも、新しいカメラで撮りました)
床の間にあった鴨を描いた屏風ですね。

この辺りはどんどん焼けで全焼しており、
(祇園祭の山鉾の大半も、この時焼失)
こちらはその直後に建てられたものと考えられます。
(つまり築150年くらい。京町家は大体そのくらいに建っています)
大正時代にご令嬢のためにピアノを購入されて、
それに伴い1カ所だけ改築されたそうですが、
それ以外は建築当時のままというのは相当保存状態が良いですね。
敷石に打ち水をしただけで涼が摂れるというのは、
それだけ整備と掃除がきちんと行き届いている証です。
ここは居心地が良いので、ついつい長居してしまいます。


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奈良屋杉本家住宅の前で、綾小路を東に向きました。
では、新町通に戻ります。


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奈良屋杉本家住宅の前から、綾小路を東に約50m進みました。
また、新町通に戻ってきました。


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綾小路から、新町通を南に向いています。
目の前に、船鉾が立っています。
次はあちらに向かいますが、もうだいぶ写真を貼り付けました。
今回は、ここまでです。

~次回は、船鉾の上に登ります~

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第497回 船鉾に登る~前祭宵山散策2017~その4

[船鉾] ブログ村キーワード
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綾小路から、新町通を南に向いています。
今回は新町通をそのまま南下し、船鉾と岩戸山に向かいます。
撮影日は、2017年7月16日前祭宵山の日曜日午後1時。
この辺りから、少しずつ晴れ間が減ってきます。
また、今回もクリックしたすべての写真が拡大されます。


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綾小路から、新町通を南下しています。
こちらのお店は、毎年宵山になるとグラスワインを店頭販売します。
後祭は露店禁止なので、コンビニエンスストアや飲食店が
自分の敷地内で露店を開いていることが多いのですが、
前祭でも新町通中心にこういうお店が何軒かあります。


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こちらは、そのワインのお店の南隣です。
花屋さんなのですが、祇園祭の象徴でもある檜扇が売られています。


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花屋さんの前で、新町通を南に向いています。
では、いよいよ今回ブログのメイン船鉾に向かいます。


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こちらが、船鉾です。
神功皇后が朝鮮半島に出兵した際に乗った
「アマノトリフネ」を模した鉾です。
こちらは「くじ取らず」の前祭山鉾巡行の最後尾なのですが、
「出征」の象徴であるこの鉾をその位置に持ってくるのは、
何か呪術めいたものを感じます。


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船鉾の脇を通り抜けます。
こちらの鉾では、会所ではなく鉾に面した格子の中で
粽などの関連品の販売や御朱印を行います。
向こうに町家から鉾に向けて橋が架かっています。
あちらから、船鉾内部に入れます。
(あちらには、後から行きます)


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先に、船鉾の後ろに回りました。
船鉾は後祭に立つ大船鉾とはよく似ていますが、
いくつか相違点があります。(以下に列挙します)

☆ 舳(船鉾は「鷁」という水鳥で、大船鉾は「紙垂」か「龍神」)

☆ 胴掛(船鉾は横縞で、大船鉾は縦縞)

☆ 舵の色(船鉾は黒く、大船鉾は赤い)

詳しくは、こちらをクリックしてください。
大船鉾の船尾の写真が出てきます。


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こちらが船鉾の会所です。先ずは1F部分を覗きます。
外がごった返しているので、却って中は空いていました。


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会所の真ん中に、ご神体の木像がいらっしゃいます。
左より、龍神・鹿島明神・住吉明神です。
(住吉明神は、神功皇后の伝説にも出てきます)
鹿島明神は戦神ですが、他は海神ですね。
ちなみにこの右に神功皇后像がいらっしゃいますが、
そちらは撮影厳禁です。
そういえば、大船鉾も神功皇后像は撮影厳禁です。
神功皇后を祀っているもう一つの占出山は
特に何もおっしゃいませんでしたが、
写真撮影が難しい場所にいらっしゃいます。
また、こちらの神功皇后像はご尊顔を直接見ないようにするため
能面を被られた状態でいらっしゃいます。
まぁ後祭の鈴鹿山のご神体鈴鹿権現も能面姿ですが、
(女神という点が共通)
神功皇后は他のご神体と比べても特別視されている気がします。


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船鉾会所で、「上に登るのは、何分待ちですか?」と尋ねました。
「約30分です」という回答がありました。
1時間待ちを覚悟していたので、二つ返事で待つことにしました。
会所の南側の駐車場で、ちょっと待ちます。
背後(東側)に、「船鉾」と書かれた蔵があります。
たぶん船鉾は、普段はこちらに納められているのでしょうね。


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駐車場には、約15分いました。
再び会所に戻ると、そこで300円を支払いました。
すると、このチケットをもらいました。
2枚あるのは、自分と母の分です。


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こちらは、船鉾のご神体がいらっしゃった部屋の一つ奥です。
こちらは京町家なので、走り井(土間)がこの辺りまで来ています。
では、ここから靴を脱いで上がります。
周囲に比べてちょっと暗い場所なので、写真がボケました……


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先程の写真の奥から、この箱階段を上れます。
狭くて急な階段の先に、大きな部屋がありました。


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こちらがその大きな部屋です。ここで船鉾に登る順番を待ちます。
ここでの待ち時間が約30分と意外に長かったのですが、
結構快適な場所でしたので苦痛は無かったですね。


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ウチの母はこの間ベンチに座ってTVを視ていました。
(船鉾の巡行の様子が、映し出されていました)
一方、自分は窓際に座って外を眺めていました。
外から心地よい風が入るので、冷房は不要ですね。


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船鉾会所の2Fから、新町通を北に向いています。
今回ブログで、ここまで歩いてきた道ですね。
気のせいか、午後1時半を回って人が増えてきました。


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そのうち、船鉾に上がる方々の入れ替えが始まります。
自分も母ももう一つ後のグループなので、まだ中には入れません。
代わりに、船鉾の船尾をゆっくり見物です。
神棚の下の金細工や麒麟模様の水引も、普段なら気付きません。


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まだまだ船鉾に登るまで時間がありますので、
今度は船鉾の舳先に回り込みました。
ここなら、鷁(げき)の木像がはっきり見えます。
鷁とは古代中国の想像上の水鳥で、向かい風に強いとされています。
そのため、難破を避ける縁起物としてよく舳先に付けられました。


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自分たちよりも先発の方々の船鉾見物が終わったようです。
この時点で、2017年7月16日午後1時45分。
では、いよいよ船鉾に登ります。


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では、橋を渡って会所から船鉾に向かいます。
ゆっくり撮影したいので最後尾につけましたが、
周囲を撮る余裕はありませんでした。


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船鉾の内部は細長く4畳くらいの広さで、
そこに20人くらいが入りました。
(さすがに、他の方々は撮影できません)
こちらが、最後尾の神棚の内部です。
山鉾巡行の際は、こちらに神功皇后が入られます。


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先述の通り船鉾内部の周囲を撮れないので、天井を撮影しました。
昨年(2016年)は後祭で大船鉾に登りましたが、
復元間もないので天井はもっと簡素でした。
こちらは、金箔に様々な花の絵が描かれていますね。


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船鉾の上から、外を眺めています。
鉾の上は風通しが良いので、とにかく涼しいです。
こちらには、ガイドさん(たぶんバイトの学生)が解説をされる
約20分間いられました。


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船鉾に登られた方々が、会所に移動されています。
自分は最後まで残り、滅多に撮れない鷁の背後を撮りました。


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船鉾から、会所の2Fに戻ってきました。
もうこちらには次に船鉾を上る方と
さらに後から船鉾に登る方が待っておられます。
では、この箱階段を下りて船鉾の会所から出ます。


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船鉾から、新町通を南に向いています。
次は、ここを南下していきます。


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船鉾の前から、新町通を南下しています。
右(東)側に、醍醐正という呉服屋さんがあります。
確か丹後ちりめんや小千谷チジミなど
白地の絹織物を主に扱うお店だったと思います。
2012年2014年にも、こちらにお邪魔しました。


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今では前祭ではここを含めて数軒だけですが、
かつては祇園祭の度にこの辺の呉服屋さんは
どこも各店舗の家宝である屏風を飾っていました。
こちらは、まだその名残を残しています。


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金屏風には竹と筍が描かれています。
ただ、よく見ると何匹かカタツムリが描かれているそうです。
見事な屏風なので、祇園祭の隠れた名所になりつつあります。


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醍醐正の前で、新町通を南に向いています。
新町通は、目の前で仏光寺通と交差しています。
向こうに、前祭唯一の曳山岩戸山が見えます。
曳山とは、「鉾」のように大きな「山」のことです。
とは言え、あくまで「山」なので
こちらの上部には「鉾」ではなく松の木が立っています。



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仏光寺通から、新町通を南に向いています。
岩戸山の手前の呉服屋さんが、安売りセールをしていました。
店頭に並んでいる商品の処分市なのですが、
よくよく探すと結構「掘り出し物」があります。
母も、2012年にウチの店で使っている暖簾を買いました。
実は、これも祇園祭の隠れた名物です。


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その呉服屋さんの南隣に、岩戸山の会所があります。
次は、そちらを覗きます。


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駐車場らしき場所が、岩戸山の会所になっていました。
……ただその割には寂しく、ご神体の祠しかいらっしゃいません。


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その会所の南隣に、こちらの町家があります。
こちらも、岩戸山の会所のようです。
……確かに、会所があれだけということはないようです。


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こちらの会所には、見送りが飾られていました。
岩戸山には見送りが2枚あって、交互に使用されます。
(確か2017年の巡行は、左側のベネチアの方です)

岩戸山は、記紀の「天の岩戸」を表しています。
また、岩戸山は「くじ取らず」で船鉾の手前を毎年巡行します。
厄病神である素戔嗚尊(すさのおのみこと)を追放する伝説を
その特別な位置に置くということに、
こちらも呪術めいたものを感じます。
(巡行の様子は、第326回ブログ参照)


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岩戸山の前で、新町通を南に向いています。
では、さらに南下していきます。


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岩戸山の南側に、京団扇製造販売の「福山」があります。
2012年にこちらで団扇を買いましたが、この日は閉まっていました。


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岩戸山から、新町通を約50m南下しました。
ここで、新町通は高辻通と交差します。
新町通は、この高辻通以南に山鉾が立ちません。
ですからここから高辻通をさらに西に進むのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けたので、今回はここまでとします。

~次回は、菅大臣神社経由で太子山に向かいます~

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第498回 木賊山の雨支度~前祭宵山散策2017~その5

[木賊山] ブログ村キーワード
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前回ブログでお邪魔した船鉾と岩戸山より新町通を南下して、
高辻通との交差点に来ました。
新町通には、高辻通以南に山鉾は立ちません。
ですから、今回は西に移動して油小路沿いの山鉾に向かいます。
撮影日は、2017年7月16日宵山の日曜日午後2時半。
そろそろ曇り空が、気になりだしました。
また、今回もクリックすると全ての写真が拡大されます。


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新町通から、高辻通を東に向いています。
向こうに見える信号の辺りが、
第494回ブログに出てきた「高辻室町」交差点です。
ただ、約2時間半前に通ったときと天候が全然違います。
日光が雲に遮られて、日影がありません。


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今度は、新町通から高辻通を西に向きました。
目の前のコンビニエンスストアで
2014年ソルティーライチを買いましたが、
この日(2017年7月16日)はもう売り切れていました。
その売り場だけ、ぽっかりと穴が開いたようでした。
結果論ですが、ここで買えなかったのが後々響いてきました……


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そのコンビニエンスストアの前で、高辻通を西に向いています。
この辺りの高辻通は坂道が急ですね。


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コンビニエンスストアの西隣に、半兵衛麩の建物があります。
たぶん倉庫とか配送センターとか、卸売の施設です。
そちらの玄関に、洛中洛外図屏風が飾ってあります。
かつては「祇園祭の屏風と言えば」と言われるくらい、
祇園祭となるとこの辺の企業の大半が飾ったものですが、
今は多分ここだけになっていると思います。


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その建物の前で、高辻通を西に向きました。
目の前の横断歩道から南に、若宮通が伸びています。


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その若宮通が高辻通で突き当たった先(北)に、
こちらの神社がいらっしゃいます。
こちらは昨年(2016年)に桜見物をした菅大臣神社です。


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高辻通から、菅大臣神社境内を北上しています。
若宮通を延長するように、この道は神社北端の仏光寺通まで
境内を南北に貫いています。
また、高辻通沿いと仏光寺通沿いにいくつか住宅が並んでいます。


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高辻通から、菅大臣神社境内を約50m北上しました。
ここで境内は、少し広くなります。


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菅大臣神社境内は、若宮通を北に延長した南北の道と
西洞院通から東西に伸びる道で構成されています。
その2本が交わるT字路に、手水舎があります。
先ずは、こちらで手を浄めます。


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続いて、こちらの境内末社の稲荷社にお参りです。
こちらには、常に数人の参拝者が来られていました。


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その位置で、東を向きました。
この神社は桜並木で有名なのですが、
祇園祭のこの時期はその全てが葉桜です。
続いてこの鳥居をくぐり、菅大臣神社本殿に向かいます。


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菅大臣神社本殿の脇にも、境内末社の祠が並びます。
左(東)側が火之御子社で、右(西)側が白太夫社です。
この辺りは、小さな梅の木が並んでいます。


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その向かい(北)側にも、境内末社が並びます。
左(西)側が福部社で、右(東)側が老松社です。
こちらは、北野天満宮本殿前と同じ配置です。


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菅大臣神社本殿で、手を合わせます。
こちらには、第390回ブログ以来ですね。
こちらのご祭神は、菅原道真です。
右大臣まで上り詰めた菅原道真は、
京都市街地にいくつも邸宅や別邸を所有していました。
平安時代中期以降、その屋敷跡が悉く「天満宮」となりました。
それらのうちの1社がこちらであり、北野天満宮です。


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菅大臣神社本殿本殿に背を向け、西を向ています。
ここから西洞院通まで、葉桜並木が続いています。


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菅大臣神社本殿前の鳥居をくぐり、南に向いています。
では、ここを進み高辻通に戻ります。


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菅大臣神社境内を南下して高辻通まで戻り、
その位置で西を向きました。
では、ここからまた高辻通を西に進みます。


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菅大臣神社の前から、高辻通を西に約50m進みました。
ここで、高辻通は西洞院通と交差します。
だんだん雨が降りそうになってきました。
実はここを通る途中に美味しい餃子屋さんがあって、
そこで雨宿りを兼ねて昼食と休憩を摂ろうとしたのですが、
この時間帯は閉まっていて中に入れませんでした。
……とは言え、今にも雨が降りそうです。
(しかも、豪雨の予感……)
この先そういう飲食店は、四条通までありません。
そこで急ごうとしたのが、そもそもの間違いでした……
(詳細は、次回ブログで)


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西洞院通から、高辻通を西に向いています。
今まで高辻通は急な下り坂だったのですが、
西洞院通以西は急な上り坂に変わります。
これは平安京遷都当時の8世紀末、
西洞院通が河川だった名残です。


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西洞院通から、高辻通を西に約20m進みました。
こちらは、道元禅師の示寂(入滅。死亡)の地を表す石碑です。
1253年、道元禅師はこの地で病死しました。


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西洞院通から、高辻通を西に約50m進みました。
ここでまた高辻通は、小路と交差します。


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高辻通から、その小路を北に向いています。
この小路は、東中筋です。
七条通より約100m南にある木津屋橋通から北に伸び、
高辻通~仏光寺通間だけ「石畳の路地」に変貌します。
絶好の撮影ポイントなので、そのうち特集したいです。


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東中筋から高辻通を約50m西に進みました。
ここで高辻通は、油小路と交差します。


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油小路から、高辻通を西に向いています。
約100m先に、「高辻堀川」交差点が見えます。
ただ、ここから西はもう「山鉾町」ではなくなります。


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高辻通から、油小路を北に向いています。
提灯に書いてある通り、この先に太子山が立ちます。
油小路は他の山鉾町とちょっと分離しているので、
参拝者が他の場所よりも少なくなります。
そのため、自動車なども普通に通っています。
この辺りはとても牧歌的なので、自分のお気に入りの場所です。


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高辻通から、油小路を北上しています。
この辺りに、京都府綴喜郡宇治田原町のテントが出ていました。
北隣の宇治市同様、宇治茶の産地ですね。


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宇治田原町のテントでは、冷茶の無料配布を行っていました。
前述のように宇治田原町も宇治茶の産地なのですが、
宇治市ほどの知名度がありません。
そこでこうやって、宇治田原町のPRをされています。
なかなかまろやかで、甘いお茶でした。


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その北側に太子山が立っています。聖徳太子の「太子」ですね。
通常「山」には松を立てるのですが、
太子山だけ例外として杉を立てます。
またこちらは「学問の神様」として認知されており、
「山」の周囲の格子には「合格祈願」の絵馬が吊るされていました。

太子山の北側に、杉の木の丸太で作ったベンチがあります。
こちらに座ると知恵が付くという御利益があるのですが、
この瞬間は誰も座っていません。
実は、この時点で大粒の雨が降ってきました。


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こちらは、太子山会所脇にあった荷茶屋(にないじゃや)です。
山鉾巡行に必要な物などが入っており、
山鉾と一緒に巡行します。
2014年は会所内を撮った写真を載せましたが、
今年(2017年)は町衆の方が「あまり写真を撮るのは……」と
お茶を濁すようなことをおっしゃっていたので、
内部の写真は撮っていません。
(ウチのブログは、不許可のものは撮らないようにしています。
まぁ、当たり前のことなのですが……)


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太子山の北側から、油小路を北に向いています。
目の前に見える仏光寺通の先に、油天神山が見えます。
ただ、取りあえずその前に仏光寺通沿いの山を優先します。


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油小路から、仏光寺通を西に向いています。
仏光寺通は、約100m先で堀川通と交差します。
また先述の通り、ここから西にはもう山鉾は立ちません。


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今度は油小路から、仏光寺通を東に向きました。
だいぶ雨も本降りになってきましたね。
向こうに、仏光寺通沿い唯一の山である木賊山が見えます。


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こちらが、木賊山(とくさやま)です。
ここより1本北の綾小路沿いには第495回ブログに出てきた綾傘鉾、
第496回ブログに出てきた伯牙山
次回ブログに出てくる芦刈山と3基も立つのですが、
仏光寺通沿いにはこの1基しか立ちません。


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木賊山に、たくさんの町衆が大慌てで張り付かれています。
突然の大雨に、胴掛や水引を大急ぎで撤収されています。
この後胴掛や水引にビニールシートを巻いて
こちらの山に取り付け直されます。


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木賊山の前から仏光寺通を西に戻ると、木賊山の会所があります。
こちらは、普段は開業医のようです。


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こちらが、木賊山会所の内部の様子です。
この奥に、ご神体の老人像がいらっしゃいます。
こちらの前掛けや見送りは、2014年新調されました。

木賊(とくさ)とはシダ類の植物で、漢方薬にも使われます。
京都では、よく町家の庭木に使われます。
その木賊を採って生計を立てていた老人のお話が
この木賊山の題材です。


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木賊山会所の前で、仏光寺通を西に向きました。
では、油小路に戻ります。


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木賊山会所の前から西に進み、油小路で北を向きました。
ここからでも、油天神山が見えますね。
ただもうだいぶ写真を貼り付けましたので、今回はここまでです。

~次回は……その油天神山の会所前でデジタルカメラが壊れて、
約2時間後に撮影再開した様子を掲載します~

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第499回 油天神山で…… ~前祭宵山散策2017~その6

[油天神山] ブログ村キーワード
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仏光寺通から、油小路を北に向いています。
この先に、油天神山が立っていますね。
この辺りは祇園祭の山鉾町で一番牧歌的で
自分の一番のお気に入りの地帯なのですが、
雨粒が大きくなってきたので、先を急いでいます。
それが、そもそもの間違いだったのですが……
撮影日は、2017年7月16日宵山の日曜日午後3時。
今回もクリックした写真は、全て拡大されます。


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仏光寺通から、油小路を少し北上しました。
こちらに、油天神山が立ちます。
後述の理由で、「天神さん」でも火災除けの御利益があります。
雨粒がだいぶ大きくなってきているので、
胴掛や水引が片付けられています。
この北側に天神社が祀られているのですが、
そちらがそのまま祇園祭の「山」になりました。


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油天神山化の前で、油小路を北に向きました。
では、向こうに見える油天神山の会所に向かいます。


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こちらが、油天神山の会所です。
ご神体の祠は前祭期間中神社からこちらに移されており、
その周囲には前掛や見送りも展示されています。
また、こちらで売られている手拭いがなかなか格好いいので
昨年(2016年)買いました。

ただ、こちらがキャノン製Power shot 500というデジカメで撮った
最後の写真となりました……


油天神山の会所前から、油小路を北にカメラを向けたときです。
突然ふらついて、そのデジタルカメラが手から零れ落ちました。
朝から第496回ブログアユを食べた以外
この日(2017年7月16日)は何も飲食していませんでした。
さらに雨宿り先を探して慌てていましたし、
そういうことが重なってこのような事態になりました。

カメラのレンズがカメラ内部に戻らなくなり、
カメラが全く作動しなくなりました。
取りあえず油天神山の会所の向かいで雨宿りをしました。
(約30分の豪雨でした)
すると、その様子をご覧になられた会所にいらした町衆の一人が
こちらにやって来られて、傘を1本貸して頂けました。
それでその場を動けるようになり、カメラの修理先を探しました。
ところが、カメラ屋さん(家電量販店)はこの辺になく、
いったん四条通に出てそのまま寺町通まで歩いていきました。
結局寺町通から四条通を南に折れ、
その先のエディオンまで行きました。

そこでカメラを見てもらったところ
どうも重篤な故障らしくすぐには直らないことが分かりました。
そこでその場でカメラを新しく買って、元に戻りました。


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ですから、これ以降は同じくキャノン製のIXY650で
撮った写真を掲載します。

寺町通から四条通を油小路まで歩いて、さらに南に100m。
(油天神山の会所から、約50m北の地点です)
こちらが「綾小路油小路」の辻にいらっしゃる火尊天満宮です。
この時点で、2017年7月16日宵山の日曜日午後4時45分。
本来なら傘を油天神山会所に返すべきですが、
まだ雨が降っているのでもう少し借りていきます。
何事もなければもう撮影が終わっている時間ですが、
ここからブログ取材を再開します。

元々、こちらには火災除けの神様愛宕権現が祀られていました。
ところが、江戸時代にこの辺りの大地主である風早氏が
菅原道真の木像を持ち込み、こちらを天満宮に変えました。
それが、この神社の沿革です。

また、こちらの祠が油天神山のご神体です。
小さな神社がそのまま山鉾になるのは、
後祭八幡山、次回ブログで出てくる霰天神山
合計3基いらっしゃいます。


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綾小路から油小路を北に向いています。
豪雨のあった約2時間で、道の様子は一変しています。
目の前のレンガ造りの建物は、「美髪館」という理髪店です。
予約しないといけないほどの人気店ですが、
この京都市下京区風早町と隣の木賊山町には
たくさんの理髪店が集中しています。


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油小路から、綾小路を東に向いています。
向こうに、芦刈山が見えますね。次は、そちらに向かいます。


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油小路から、綾小路を東に約50m進みました。
こちらに、芦刈山の会所があります。


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芦刈山会所内部の様子を撮りました。
御簾の向こうに、ご神体の芦刈の老人がいらっしゃいます。
貧乏が原因で離縁した芦刈を営む老人が、
再会した元妻と由りを戻して再婚した話が題材です。
そのため、こちらは「夫婦円満」「縁結び」のご利益があります。


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芦刈山会所の東側に、芦刈山が立っています。
こちらの前掛はとても立派なのですが、
この雨では全て片付けられています。


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芦刈山の前から、綾小路を東に約50m進みました。
ここで、綾小路は西洞院通と交差しています。
向こう(東)に見えるのは、第496回ブログに出てきた伯牙山です。
本当はこの辺りに檜扇と屏風を出す町家があったのですが、
今回は事情により素通りしています。

この写真を撮っているIXY560は買って間もないので、
バッテリーに残る電流量が僅かです。
おそらく、最後の長刀鉾までもちそうにもありません。
少しでも先まで写真を撮りたいので、
ここから先は周囲の様子などをなるべく撮りません。


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綾小路から、西洞院通を南に向いています。
向こうに見える薮が、前回ブログに出てきた菅大臣神社です。
(本当は藪ではなく、葉桜並木です)


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今度は綾小路から、西洞院通を北に向きました。
では、ここから約100m先にある四条通を目指します。


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綾小路から、西洞院通を約100m北上しました。
こちらは、「四条西洞院」交差点です。


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西洞院通から、四条通を西に向いています。
「四条西洞院」交差点から約20m先に、四条傘鉾が立っています。


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「四条西洞院」交差点から横断歩道を渡り、
四条通北側歩道に来ました。
では、西洞院通から、四条通北側歩道を西に向かいます。


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西洞院通から、四条通を約50m西に進みました。
こちらに、四条傘鉾が立っています。
第495回ブログに出てきた綾傘鉾よりも小振りですね。
祇園祭で山鉾巡行が行われ始めたのは室町時代中期ですが、
このような「傘鉾」はそれ以前の平安時代にあったようです。
(そもそも最初は、神輿渡御だけ行われていました)
こちらも山鉾巡行の際に棒振り踊りが行われますが、
綾傘鉾とは由来も踊りも異なります。


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四条傘鉾の前で、四条通を東に向いています。
右側に提灯の付いた細長い台車がありますが、
夜になるとこちらに打楽器を取り付けて、
こちらの町衆が祇園囃を演奏しながら
四条通を練り歩かれます。
では、「四条西洞院」交差点に戻ります。


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四条通から、西洞院通を北に向いています。
四条通以北の西洞院通は、ずっと自動車が通るものの
約100m先の錦小路まで露店が立ちます。
それは、こちらに山鉾の中で特に人気のある蟷螂山が立つからです。


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四条通から、西洞院通を約30m北上しました。
こちらに、2014年には無かった蟷螂山会所が復活していました。


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マンションの集会所が、蟷螂山の会所になっています。
胴掛・水引の奥に「祇園三社」と書かれたのが、ご神体です。


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蟷螂山会所の前で、西洞院通を北に向いています。
あちらに、蟷螂山が見えますね。では、そちらに向かいます。


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こちらが、蟷螂山(かまきりやま)です。
担ぎ山の上に、カマキリが載った牛車があります。


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牛車に乗ったカマキリをアップで撮りました。
こちらは繊細なからくり人形なので、
雨水に濡れないように厳重に雨除けシートが張られています。
この時点で宵山(2017年7月16日)の夕方なので、
もし晴れていれば祇園囃に合わせて
こちらのカマキリが踊っていたはずです。
カマキリのからくり人形は、前足・頭・羽が動きます。
こちらが動く様子は、昨年(2016年)の山鉾巡行を取材した
第409回ブログを参考にしてください。


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蟷螂山の北側に、長蛇の列ができていました。
よく見ると、カップルと子連れのお母さんが大半です。


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西洞院通の反対(東)側に回り込んで、
長蛇の列の先頭を撮影しました。
こちらにも、小さなカマキリのからくり人形がいます。


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こちらは、2014年から行われている「カマキリみくじ」です。
400円支払うと、手前のハンドルを回すことができます。
するとカマキリのからくり人形が動き出し、
向こうの赤い箱から落ちてくるカラーボールを受け取り、
こちらに戻ってきます。
そのカマキリが持つカラーボールを開けると、
中からおみくじが出てくる仕掛けです。
初回の2014年の時点で相当人気があったのですが、
今年(2017年)はさらに行列が長くなっていました。


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その「カマキリみくじ」の東側に、
蟷螂山の前掛けと見送りが展示されていました。
本当はこの下に金細工の小さなカマキリ像もあったのですが、
格子が邪魔で上手く撮れませんでした。
こちらも、蟷螂山の会所があったマンションの一角です。
この辺りはマンションを新築しても、
このような施設を作ることが前提になっているのが面白いですね。


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蟷螂山から、西洞院通を南に向いています。
では、またまた「四条西洞院」」交差点に戻ります。


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「四条西洞院」交差点北東角から、南を向いています。
では、この横断法堂を渡り交差点の南東角に移動します。
ちなみに、向こうに見える「若菜屋」さんは老舗の和菓子店です。
祇園祭前祭期間中はこの時期限定で、
みたらし団子やわらび餅を販売しています。


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西洞院通から、四条通を東に向いています。
では、こちらを進んでいきます。


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西洞院通から、四条通を約50m東に進みました。
こちらに、郭巨山の会所がありました。


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郭巨山会所に昨年(2016年)に買った粽を返し、
今年(2017年)もまた粽を買いました。
この取材を始めた2012年以来、毎年ここで粽を買っています。


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こちらが、その郭巨山の粽です。
こちらの御利益である金運を表す小判が添えられてあるのが、
この山の粽の特徴です。
ウチの母が経営するお店に、今年(2017年)も飾りました。


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四条通の北側歩道に、郭巨山が立っています。
こちらも、郭巨という中国人がご神体になっています。
こちらはビニールシートをしっかり巻いてあるので、
豪雨の中でも胴掛と水引はそのままですね。


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郭巨山会所の前で、四条通を東に向いています。
では、向こうに見える信号の辺りまで歩いていきます。


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郭巨山会所から四条通を東に約50m進みました。
第496回ブログ以来の「四条新町」交差点に戻ってきました。
その回では向こう(東)側に見える月鉾経由で、
新町通を右(南)に折れ伯牙山を訪れました。
これで、祇園祭前祭の山鉾は約8割制覇しました。


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四条通から、新町通を北に向いています。
向こうに、放下鉾の提灯が見えますね。
あとは錦小路周辺と長刀鉾を訪れたら、
祇園祭前祭全山鉾制覇です。
ただもうだいぶ写真を貼り付けたので、今回はここまでです。

~次回は放下鉾脇でハモバーガーを頂き、
霰天神山の粽を買いに行くのですが……
実はここからまたトラブルが発生しました~

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第500回 霰天神山の粽~前祭宵山散策2017~その7

[霰天神山] ブログ村キーワード
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四条通から、新町通を北に向いています。
まだ午後5時前なので四条通も自動車が通っていますが、
正午ごろよりも参拝者が倍以上になってきました。
今回は放下鉾脇でハモバーガーを頂いた後、
霰天神山で隣の小母さんに頼まれていた粽を買います。
撮影日は、2017年7月16日宵山の日曜日午後4時55分。
とにかく、カメラのバッテリーの残量との戦いです。


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四条通から、新町通を北上しています。
この辺りで、「京都市下京区」から「京都市中京区」になります。
だんだん雨が止んできて、傘を差す人が減ってきます。
そうこうしていいるうちに、目の前に放下鉾が現れました。


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四条通から、新町通を約50m北上しました。
こちらに、放下鉾が立ちます。
「放下」とは要するに芸能をする修行僧のことですが、
(南京玉すだれなどを行っていたようです)
どのような謂れでこの鉾ができたのか、詳細は知りません。
確かご神体は、その放下僧の木像です。


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先程の写真に伏見の銘酒黄桜の露店が出ていましたが、
その北隣に「いち」という割烹料理屋さんがあります。
その割烹料理屋さんは、祇園祭になると店頭に露店を出します。
こういうお店の大半は前祭か後祭のどちらかに店を出しますが、
こちらはその両方に露店を出します。
昨年(2016年)は後祭中にこちらにお邪魔しました。
こちらの女将さんがそのことを覚えていらして、
「あら、1年ぶり」と言っていただけました。


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こちらの「いち」さんでは、このハモバーガーを売っています。
バンズ(パン)の間に、レタス、トマト、鱧カツが入っています。
鱧カツには、梅肉が入ったタルタルソースが掛かっています。
このタルタルソースがお気に入りなので、
こちらには毎年お邪魔しています。


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放下鉾の前で、新町池通を北に向いています。
では、このまま新町通を北上します。


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四条通から新町通を約100m北上すると、錦小路と交差します。
後祭には錦小路以北の新町通沿いに南観音山が立ちますが、
前祭のこの時期は完全な平常運転です。
つまり、現時点で新町通以西の全ての山鉾を回ったことになります。


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新町通から、錦小路を東に向いています。
では、こちらから霰天神山を目指します。


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新町通から、錦小路を東に進んでいます。
もう完全に雨が止んで、少しずつ日差しが戻ってきました。
だんだんと夕方になるにつれ、人が増えてきました。
この辺りはイタリア料理や中華料理の露店が多く、
それを目当てにこの辺りに来られる方々も多いようです。


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特に霰天神山会所の西隣にある中華料理屋さんの露店は、
最早この祇園祭自体の名物になりつつあります。
こちらでは浸みだれ肉まんが売られるのですが、
人気がありすぎて行列が蜷局を巻いています。
おそらく、1時間は待たないといけないでしょうね。
結局今年(2017年)も買えませんでした……


500-11.jpg
浸みだれ肉まんの露店の東隣に、霰天神山会所への路地があります。
……しかし、浸みだれ肉まんの行列がここまで伸びていますね。


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霰天神山会所に続く路地も、行列ができていました。
ただ、この列は御朱印を求めるもので、
もしそれを求めないなら真っすぐ会所まで行けます。


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路地の先が広くなっていて、そちらに霰天神山の会所があります。
前回ブログ油天神山と同様、小さな神社の祠がご神体です。

実はウチを出るとき隣の小母さんと偶然会いまして、
その方は今年(2017年)は用事があってこちらに来られず、
毎年買われていた霰天神山の粽を諦めておられました。
そこで、代わりにこちらの粽を買って帰ることを約束しました。
……のですが、こちらの粽はとても人気があって
販売開始直後に売り切れてしまいます。
この時点で、もちろん売り切れていました。

ところが、よくよく予定表を見ると午後6時から
再びこちらで粽が売られることが書いてあります。
そこで、ここから約45分待つことにしました。

そのことを同行していたウチの母に伝えたところ、
「もう疲れたし、帰る」
そう言ってきたので、ここで別れました。
ちなみに、ウチの母はこの後油天神山会所に戻って
借りていた雨傘を返したそうです。
(詳細は、前回ブログで


500-14.jpg
こちらが、霰天神山(あられてんじんやま)の粽とお札です。
この辺りが大火で焼け出されたとき、
こちらにいらしたこの「天神さん」の周囲に季節外れの霰が降り、
火事が沈下したという言い伝えが残っています。
ですから、こちらは「天神さん」でも火災除けのご利益があります。
ちなみに、ウチやウチの近所ではこちらの霰天神か
愛宕神社のお札を台所に貼る風習があります。
こちらのお札は2枚買って、うち1枚は今もウチに貼ってあります。

帰宅後(2017年7月16日午後9時)ウチの隣に行くと、
「今年も、火除けの粽とお札が手に入った」
と小母さんも喜んでおられました。


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霰天神山会所に続く路地の前で、錦小路を東に向いています。
錦小路は目の前で室町通と交差しているのですが、
人間で交通渋滞が起きていました。


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こちらが、その「錦室町」の辻です。はっきり言って、大渋滞です。
室町通を左(北)に行くと山伏山で、右(南)なら菊水鉾です。
正面の占出山には、次回ブログでお邪魔します。


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錦小路から、室町通を南に向いています。
向こうに、菊水鉾が見えますね。
この近くにあった「菊水の井」という井戸が、こちらの由来です。
ただ、この時間帯から四条通~錦小路間の室町通は
北行き一方通行に変わります。
ですから、これ以上向こうには行けません。
(菊水鉾には、諸事情により次回ブログで再接近します)


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今度は、錦小路から室町通を北に向きました。
では、向こうに見える山伏山に向かいます。


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錦小路から室町通を北上し、山伏山に近づいています。
露店も人も、道いっぱいに広がっています。
正午ごろと比べて、夕方になって「祭りらしく」なってきました。


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先程の写真の先に、こちらの山伏山が立っていました。
ちなみに、こちらが祇園祭前祭最北端の山鉾です。
つまり、ここから北の室町通にもう山鉾はありません。
(後祭なら、この先に鯉山が立ちます)


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山伏山の北側に、山伏山の会所があります。
この会所では1Fで粽などを販売し、2Fにご神体が安置されます。
(第494回ブログに出てきた保昌山会所と同じ構造ですね)
こちらのご神体は、平安時代に活躍された
浄蔵貴所(じょうぞうきしょ)という山伏の木造です。
傾いた八坂の塔を念力で直したという伝説のある方ですが、
そのことから「天災除け」のご利益があるとされています。
そのせいか、こちらの町衆は
近年東日本大震災などの被災地とつながりを持たれています。


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山伏山の前で、室町通を南に向いています。
今から、また「錦室町」の辻に戻って……
と思っていたら、ここでカメラのバッテリーが限界を迎えました。
要するに、またカメラが作動しなくなりました……
ここからコンセントがある場所を探し、
(新品なので、備品のすべてをこの時点で持っています)
充電後にまた続きを再開します。

今回は、ここまでです。

~次回で、まだ回っていないすべての山鉾を回ります。
つまり、次回が2017年祇園祭前祭宵山散策の最終回です~

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第501回 そして長刀鉾へ~前祭宵山散策2017~その8

前回ブログ終了時点の山伏山付近で、
デジタルカメラのバッテリーが空になり
もう写真が撮れない状態でした。
そこでいったん占出山の脇を通り抜け、烏丸通に出て
「四条烏丸」交差点北側でファーストフード店など
客席にコンセントが付いている店を探しました。

ところが、どのお店もそのようなものが付いておらず、
半ばあきらめて「四条烏丸」交差点に出て
函谷鉾近くを見上げると……ありました!
「四条烏丸」交差点北西角のLAQUEの2Fに
「スターバック」があって、客席でコンセントを発見しました!
先ずコンセントが付いている客席を確保して、
(そこが空くまで、ひたすら立って待っていました)
バッテリーを入れた充電器をコンセントに差し込んで、
注文の行列に並びました。
実は生まれて初めての「スターバック」でしたが、
柚子風味の炭酸飲料がおいしそうだったのでそれを頼み、
それを飲みつつさらに約30分充電し続けました。
さて、ここから「錦室町」の辻に戻り占出山に向かいます。

この時点で、2017年7月16日宵山の日曜日午後7時。
もうすぐ日暮れですので、慌てて残りの撮影を開始します。


501-1.jpg
LAQUEを出て、「四条烏丸」交差点を南に渡りました。
この時間帯(午後5時~翌0時)の四条通と烏丸通は、
人も自動車と同じ左側通行です。
烏丸通から四条通を西に歩いています。
北側を見ると、ちょうど目の前に
第495回ブログの終盤に出てきた函谷鉾が立っています。
(詳しい沿革も、そちらを参照してください)
もう夕方ということで、囃し方の皆さんが鉾に登り
「祇園囃」を演奏されていました。
実は各山鉾で「祇園囃」の調べが異なるのですが、
([担ぎ山」には、元々囃手がいらっしゃいません)
個人的にはこの函谷鉾の調べが一番お気に入りです。


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烏丸通から四条通を西に約100m進み、
室町通で北を向きました。
前回ブログで近づくのを諦めていた菊水鉾が目の前に立っています。

菊水鉾は、この周辺にあった「菊水の井」という井戸が由来です。
祇園祭の他の多くの山鉾同様どんどん焼けで焼失し、
1952年に約88年ぶりに再興されました。
確かその辺りから、多くの山鉾が復活していった記憶があります。


501-3.jpg
菊水鉾に最接近したのですが、大きすぎて全体像が撮れません。
結局菊水鉾の車軸だけを撮りました……
「菊水」だけに、きちんと菊花紋ですね。
そういえば、こちらの鉾先も菊花の形をしていました。


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菊水鉾の前を通り過ぎ、四条通から室町通を約100m北上しました。
こちらの「錦室町」の辻南西角にある呉服屋さんが、
この時期限定の大安売りをしていました。
祇園祭を支える氏子(町衆)の多くが呉服関係の会社なのですが、
これらのお店が祇園祭期間中に大安売りを行います。
これも、祇園祭の名物の一つです。


501-5.jpg
四条通から室町通を北上して「錦室町」の辻まで来ましたが、
通行規制のためこれ以上の北上ができません。
まぁ、もう前回ブログで山伏山を訪れたので
今回ブログの取材には支障はありません。
(面白いことに、錦小路から来た方々は北上してもよいそうです)


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室町通から、錦小路を東に向いています。
では、この先に見える占出山に向かいます。


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室町通から、錦小路を東に約70m進みました。
こちらに、占出山が立っています。
その西側で、こちらの和菓子が売られていました。


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こちらが、その「吉兆あゆ」という和菓子です。
祇園祭前祭の期間限定で、この場所だけで販売されます。

戦の前に占って「戦勝祈願」するのは世界中よくあるのですが、
(たとえば、古代ローマは鶏が餌を食べる量で占いました)
古代の日本ではアユが釣れた量で占いました。
ですから、アユを漢字で「鮎」と書きます。
(これは、日本独自の習慣です。
ですから、中国語ではアユは「香魚」と書き
「鮎」という文字は鯰(ナマズ)を意味します)
この占出山は神功皇后が朝鮮半島の新羅に攻め込む前に行った
アユ釣りの占いを題材にしています。
ですから、こちらでアユを模った和菓子が売られています。


501-9.jpg
先程の竹皮をめくると、中からこちらが出てきました。
こちらは、個包装で6袋入りです。
袋から、製造元が大極殿本舗であることが分かります。


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そして、個包装の袋から中を取り出しました。
こちらは、京菓子の一種「若鮎」(「鮎」とも言います)ですね。
カステラ生地をアユの型に入れて焼いたものです。
中に白餡が入っているものが多いのですが、
こちらには牛皮が入っていました。


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では、占出山の南側から占出山の会所に入っていきます。
こちらは、元々神功皇后を祀った小さな神社です。
(ただし、普段は閉まっています)


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その会所の柱に、こちらが貼り付けてありました。
2017年の前祭山一番は、この占出山でした。
そういえば、2014年もこちらが「山一番」でした。


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先程の輝度を通り抜けると、急に中が広くなります。
では、こちらの占出山会所を巡ります。


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こちらは、占出山を飾る胴掛と水引です。
水引に描かれた三十六歌仙が見事ですね。


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その手前には、占出山の装飾品が並んでいます。
神具のアユの木像が、面白いですね。
その奥の手拭いは、こちらの会所で売られています。


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占出山会所の一番奥に、見送りとこちらが展示されていました。
国宝三条宗近作「御太刀」です。
ほとんど現存しない三条宗近の作品のうちの一振りですね。
こちらは占出山が所有していますが、
さすがに山鉾巡行には帯同しません。


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占出山会所で「御太刀」に背を向け、北を向きました。
道(東)側の社で、粽や手拭い、御朱印を求められます。
もう夕方なので、町内の小学生が集まって
「粽どうですかぁ~」のわらべ歌が始まっています。
社の奥に、こちらのご神体でいらっしゃる
神功皇后の木像が立っておられます。
船鉾大船鉾同様に、皇后は仮面を付けておられます。
こちらで特にご神体の撮影を咎められたことはないのですが、
ご神体は撮影が難しい角度にいらっしゃるので、
こちらも神功皇后の木像の撮影は事実上不可能です。
(祇園祭では、神功皇后像の撮影がどこも禁じられています)


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占出山会所から錦小路に戻り、東を向きました。
では、ここから約30m先の烏丸通に出ます。


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錦小路を東に進み、烏丸通に出ました。
……のですが、この人出です。
この2時間前(午後5時過ぎ)から、
自動車を通行止めにして車道に歩行者が溢れています。
祇園祭前祭では、この状態になって以降は左側一方通行です。
(自動車と同じ感覚ですね)
このままでは、この右(南)約20m先に立つ孟宗山には行けません。
とは言え、孟宗山以降の山鉾に行かない選択肢はありません。

そこで、目の前の警察官に質問しました。
「ここを突っ切って、錦小路の東側に行くことは可能ですか?」
すると、こちらの警察官が振り返ってこうおっしゃいました。
「可能は可能やけど……大変やで」
一応は許可(?)が下りたということで、
先ずは烏丸通を東側に横断します。


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錦小路で烏丸通を東側に渡り、南を向きました。
やはり、結構もみくちゃになりました……
ここから約20m南下して、再び烏丸通の西側歩道へと戻ります。


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人混みを突っ切って進むと、いろいろボロボロになります。
烏丸通を再び横断して、ようやく孟宗山の前に辿り着きました。
では、ウチのブログで初めて孟宗山会所に入っていきます。


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とは言え、こちらには撮影抜きなら10回以上訪れたことがあります。
「孟宗」山だけに、会所の周囲は孟宗竹に囲まれてます。


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こちらが、孟宗山会所の様子です。
胴掛や見送りの前で、粽や手拭いが売られています。
この右手の奥にこちらのご神体がいらっしゃるのですが、
参拝者が多くて近付けませんでした。

こちらのご神体は、3世紀の中国にあった
呉という国で文官を務めた孟宗の木像です。
「三国志演義」で有名な陸遜の部下でした。
文官ということもあって、
その「三国志演義」では孟宗はほとんど登場しませんが、
「親孝行な人物」として中国を初め日本や韓国でも昔は有名でした。
この「孟宗山」は、その孟宗が一人で雪山に入り
母親の大好物の筍を採ったという故事にちなんでいます。
(これが日本に多く生えている「孟宗竹」という竹の名前の由来)
ちなみに、この孟宗は君主の孫権の命令に逆らい
母親の死後喪に服して戦に参戦しなかったそうです。
孫権は孟宗を処刑しようとしたのですが、
陸遜が身を挺して庇ったために
孟宗は謹慎処分だけで済みました。
ただ孫権と陸遜の死後、孟宗は呉の政治の中心となり
「乱世の能臣」として末期の呉を支えました。


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最近の祇園祭各会所で売られている手拭いは
実に格好いいデザインが多いのですが、
こちらの孟宗山は特に「傑作ぞろい」です。
その中でも、この孟宗竹を模ったこちらに一目惚れして
即決で買ってしまいました。


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こちらが、その手拭いの下半分です。
竹の脇の筍が、程よいバランスで描かれています。
手拭いは通常タオルとして使われますが、
自分は一種のタペストリーとして家の壁に貼り付けています。


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孟宗山の会所から出て、またまた人波をかき分けて
烏丸通の西側から東側に渡り、南を向きました。
実は約2時間前の第499回ブログの途中で雨は止んでいるのですが、
雨傘を差されておられる方々が結構いらっしゃいます。
次は、ここを南下します。


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先程の写真から、烏丸通を約80m南下しました。
ようやく「四条烏丸」交差点に辿り着きました。
普段は車窓からでしか見られないこの角度を
歩いて眺めるのは、祇園祭限定ですね。


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烏丸通から、四条通を東に向きました。
向こうに、2017年祇園祭前祭宵山散策の最後の山鉾である
長刀鉾の雄姿が見えてきました。
ちなみに、こちらの鉾先に備え付けられている長刀の作者が
先程登場した三条宗近です。
こちらは、山鉾巡行中でも絶対に八坂神社に刃先が向かないように
考えて取り付けられています。


501-29.jpg
烏丸通から四条通を東に進み、だんだん長刀鉾に近づいています。
もう午後7時半を回りだいぶ薄暗くなってきて、
(たぶん日が沈んだ直後です)
こちらの長刀鉾からも祇園囃の調べが聞こえてきました。
さすがに山鉾巡行でないと生稚児さんは登っておられませんが、
それ以外は山鉾巡行の際と同じ状態のようですね。
こちらは、山鉾巡行の先頭を進む鉾です。
(第324回ブログを参照)
ですから、「魔」を切り裂く刃物が付いています。
元々山鉾巡行は神輿巡行の「露払い」の役割があるのですが、
特に先頭の長刀鉾は、さらに山鉾巡行の「露払い」という
役割が大きいのでしょうね。


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長刀鉾の前を東へ通り過ぎ、
これで2017年の祇園祭前祭に立った全ての山鉾を取材しました。
あとは帰るだけなのですが……これだけの人混みでは
反対側の「四条烏丸」交差点には向かえません。
(そもそもこの辺は、歩行者一方通行です)
そろそろ東洞院通を通り過ぎますが、東進するしかありません。


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そこで、「四条東洞院」交差点で歩道に上がりました。
そして、ここから高倉通近くを目指します。


501-32.jpg
すると、すぐに大丸百貨店が姿を現します。
こちらにいったん入って、ちょっと買い物をして
地下道経由で地下鉄烏丸線「四条」駅に辿り着きました。
そしてそこから京都駅に向かい、その後帰宅しました。

これで、2017年の祇園祭の連載記事を終わります。

~次回から、妙心寺や等持院など花園地区を散策します~

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第578回 炎天下の保昌山~祇園祭前祭散策2018~その1

[保昌山] ブログ村キーワード
2018年も、祇園祭の季節になりました。
昨年(2017年)はいろいろトラブル続きだったので、
今年(2018年)も、前祭の方を散策します。
昨年(2017年)は途中夕立に悩まされましたが、
今年(2018年)は高温と炎天下に悩まされました。


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2018年は前祭を散策しますので、地下鉄「四条」駅から始めます。
撮影日は、2018年7月15日宵々山の日曜日午後1時。
日差しが強くて、真夏の濃い青空でした。


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自分が京都駅から乗ってきた地下鉄が、「四条」駅を出ます。
たくさんの方々が降車されたので、皆目的が同じなのでしょう。


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降車された方々は、大半が北(烏丸通)側に向かわれました。
その一方で、自分は南(仏光寺通)側に向かいます。
では、このエスカレーターに乗ってコンコース階を目指します。


578-4.jpg
エスカレーターを上り、コンコース階に来ました。
次は、ここから地下鉄「四条」駅を出ます。


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地下鉄「四条」駅の南側改札を出て、東を向きました。
さらに、こちらの階段を上ります。


578-6.jpg
その階段を上がると、地上に出るまでに
こちらのファミリーレストランがありました。
地下にあるせいか、祇園祭期間中でも座ることができます。
そこで、今回はちょっとここで休憩します。
炎天下で京都駅まで歩いたので、この時点で大分疲労していました。


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ちょっと疲れていたこともあって、こちらには90分もいました。
スパゲッティとムール貝のグリル焼とデザートを頼みました。
ちょっと休憩しすぎて、この時点で2018年7月15日午後2時半。
急がないと、遅くなってしまいます。


578-8.jpg
先ほど写っていた階段を上り、地上に出ました。
こちらは、「仏光寺烏丸」交差点です。
見事な快晴ですが、高温を感じさせる濃い色の青空ですね。


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仏光寺通から、烏丸通を北に向いています。
約200m先が、「四条烏丸」交差点です。
道端に、露店の資材を載せたトラックが停まっていますね。


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烏丸通から、仏光寺通を東に向きました。
ここを進むと、約200m先の高倉通から佛光寺に入れます。
(第388回ブログを参照)


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さらに仏光寺通から、烏丸通を南に向きました。
では、こちらを進んでいきます。


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仏光寺通から、烏丸通を約50m南下しました。
こちらに、小さな神社がいらっしゃいます。


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こちらは、八坂神社大政所御旅所です。
山鉾巡行の後の神輿巡行で3基の神輿が、こちらに立ち寄ります。


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八坂神社大政所御旅所の前で、烏丸通を南を向きました。
さらに、こちらを南下していきます。


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さらに烏丸通を南下して、「高辻烏丸」交差点に来ました。
手前に、このような札が掛かっています。
大通りには、午後5時以降に露店が出ます。


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ここで烏丸通は、高辻通と交差します。
高辻通は前回ブログで東端の河原町通から西端の梅津まで、
自転車で西に駆け抜けた道です。
ウチから、嵯峨野嵐山へ行く近道でもあります。


578-17.jpg
烏丸通から、高辻通を東に向いています。
次は、ここを進んでいきます。


578-18.jpg
「高辻烏丸」交差点北東角に、京都銀行本店東館があります。
その一角に、この小さな神社匂天神がいらっしゃいます。
またここに参拝して、先を急ぎます。


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匂天神の祠から、高辻通を東に約150m進みました。
高辻通は、ここで東洞院通と交差します。
この先に、佛光寺が見えていますね。


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高辻通から、東洞院通を南に向きました。
こちらに、祇園祭の「保昌山」を示す提灯が立っています。


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高辻通から、東洞院通を南下しています。
こちらに、保昌山が立っています。


578-22.jpg
京町家の2Fの窓が開放されていて、
そちらにご神体の平井保昌像がいらっしゃいます。
絶世の美人和泉式部に、命を懸けた求婚をした方ですね。


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保昌山の会所脇に、たくさんの絵馬が飾ってあります。
祇園祭の各山鉾は、それぞれ独立した神社です。
ですから、それぞれの山鉾に異なったご利益があります。
命を懸けた激しい求婚の末、
意中の女性と結婚できた平井保昌を祀った山ですから、
こちらの山は恋愛運を司ります。
絵馬もそのようなものが多く、
会所でも恋愛運をあげるものが多く売られています。


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保昌山から、東洞院通を北に向きました。
では、ここから高辻通まで北上します。


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東洞院通から、高辻通を西に向いています。
次は、こちらを進んでいきます。


578-26.jpg
東洞院通から、高辻通を約50m西に進みました。
目の前に、南北に伸びる小路がありました。
おそらく、こちらが不明門通だと思います。


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高辻通から、不明門通を南に向きました。
向こうに大きな瓦屋根が見えているのが、平等寺(因幡堂)です。


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高辻通西に進み、「高辻烏丸」交差点に戻ってきました。
ここから、高辻通をさらに西に向かいます。


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信号をが青になったので、高辻通から烏丸通を南に向きました。
ずっと向こうに、京都タワーや京都駅ビルが見えますね。


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烏丸通から、高辻通を西に向いています。
左(南)側が京都銀行本店で、右(北)側がガソリンスタンドです。
では、ここをさらに進んでいきます。


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烏丸通から、高辻通を西に約100m進みました。
高辻通は、ここで室町通と交差します。


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高辻通から、室町通を北に向きました。
では、いったんここで横断歩道を北に渡ります。


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高辻通を北側歩道に渡り、室町通から西に向いています。
次は、あちらの神社に向かいます。


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こちらが、その神社「繁盛の宮」です。
ご祭神は諸説いろいろあって(神仏分離令で大幅変更)
現在は市杵嶋比売としていますが、
神仏分離令以前は弁財天とも頗梨采女とも言われていました。
頗梨采女(はりさいにょ)が訛って「繁盛の宮」と
呼ばれるようになった説が有力です。
「繁盛」だけに商売繁盛のご利益があります。


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繁盛の宮の前で、高辻通を東に向きました。
では、ここから室町通に戻ります。


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高辻通から、室町通を北に向いています。
祇園祭の山鉾は、この室町通と西側の新町通に集中します。
つぎは、この室町通を北上します。


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五条通以北の室町通は、このように呉服問屋などの
和服や和装小物の問屋や小売商が続きます。
それらの多くに持宝があって、祇園祭でそれらを披露します。
ただし近年は多くの会社でその持宝は公開されず、
こちらのように取引先や関係者に限定して公開されます。


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こちらは、その会社の向かい(西)側の駐車場です。
こちらで、ガレージセールが行われていました。
祇園祭は、このようなガレージセールと
近隣の会社によるバーゲンセールがよく行われます。


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高辻通から、室町通を約100m北上しました。
ここで室町通は、仏光寺通と交差します。


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「仏光寺室町」の辻北東角に、こちらの日吉神社があります。
中途半端に開いていましたので、中に入ると参拝だけ可能でした。
境内にいらしたのは宮大工さんで、こちらは現在修復中でした。
お話しによると、こちらは週末はいつも閉鎖されているそうです。
ですから日曜日であるこの日は、閉鎖中だったらしいです。
時折ここに来て入れなかった理由が、やっと判明しました。

ではここから北に祇園祭の山鉾が集中するのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けましたので、
今回はここまでとします。

~次回は、綾傘鉾など連続して山鉾町を散策します~

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第579回 綾傘鉾大原神社~祇園祭前祭散策2018~その2

[大原神社] ブログ村キーワード
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室町通を北に向き、仏光寺通を見ています。
左(東)側に、日吉神社脇のお地蔵さんが見えます。
今回は室町通を四条通まで北上し、
その途中にいらっしゃる山鉾を見物します。
撮影日は、2018年7月15日祇園祭宵々山の日曜日午後3時。
そろそろ気温が、体温(37℃)を越えてきました。


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室町通から、仏光寺通を東に向いています。
約100m先で烏丸通と交差しており、前回ブログの出発地点です。


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今度は室町通から、仏光寺通を西に向きました。
祇園祭では仏光寺通沿いには木賊山(とくさやま)しか立ちませんが、
その木賊山もここから西に約350m離れています。


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さらに、仏光寺通から室町通を北に向きました。
では、こちらを進んでいきます。


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仏光寺通から室町通を少し北上したところに、
コンビニエンスストアがあります。
こういうお店は、祇園祭になると生ビールとかジュースとか
そういうものを売っている露店を出していて、
それがとても賑わっています。


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そちらで、このソルティーライチを買いました。
熱中症対策に、先ずはこの1本です。


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そのコンビニエンスストアの向かい(東)側に、
白楽天山の会所があります。
次は、こちらにお邪魔します。


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こちらが、白楽天山会所内部の様子です。
会所内部撮影に難色を示されることも多いのですが、
この山では許可を頂いたどころか
こちらにいらした町衆に撮影の角度まで指南いただきました。

白楽天は中国では杜甫李白と並ぶ漢詩の天才ですが、
小野篁のような様々な伝説の持ち主でもあります。
こちらは道林禅師との禅問答を描いた山ですが、
近年の研究でそれは史実でないことが分かっています。


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こちらは、白楽天山会所内に置いてありました。
前回ブログでも書きましたが、各山鉾はそれぞれ独立した神社です。
ですから、各山鉾に様々なご利益があります。
白楽天山のような知識人を祀った山は、
例にもれず学力向上や受験合格のご利益があります。


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白楽天山会所の北側に、白楽天山が立っています。
宵山の段階では、胴掛などが付いていない状態で立ちます。


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白楽天山から、室町通を北に向いています。
では、またこちらを進みます。


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白楽天山から、室町通を約100m北上しました。
目の前で、室町通は綾小路と交差しています。
その北側に、鶏鉾が立っていますが……


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室町通から、綾小路を西に向いています。
綾小路以北の室町通に行く前に、先にこちらに寄り道します。

「綾小路室町」交差点南西角には、
自分が小学生だったころから遊技場ができています。
当時何度か射的とかしたのですが……
お小遣いを全額使っても全く当たりませんでした……


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ちょっと昔が懐かしくなって、(ここ数十年素通りでしたので)
大学生以来約30年ぶりにスマートボールに挑戦します。
こちらはパチンコやピンボールの原型と考えられる遊技で、
日本には大正時代からあったようです。


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スマートボールのボードは白かったのですが、
テントの色が写り込んで赤く見えています。

こちらのご主人に400円支払うと、台の下にビー玉が並べられます。
一つだけ色違いですが、「単にビー玉が足りなかっただけ」と
ここのご主人がおしゃっていました。
(色違いのビー玉だけ特別ルールがあるとか、
そういうものではないそうです)


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先ずは台の左下の穴に、ビー玉を入れます。
穴の奥にビリヤードのキューが付いていて、
バネで固定されています。
そのバネの力で、このビー玉をボードに打ち出します。


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キューに打ち出されたビー玉は、
この台の上で釘に当たってりしながらこの穴に入ります。
下手に打つと、いちばん下の大きな穴に回収されます。
どの穴に入れるかは、キューを打つ時の力加減が全てです。
その辺は、パチンコと同じです。

そして単にこの穴に入れたら良いだけではなく、
ビー玉を縦・横・斜めに並べなければいけません。
自分は右端の上から2番目を狙っていたのですが、
なかなかそちらには入りません。


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そして、これが自分が打った最終形態です。
途中で横から斜めに狙いを変えたのですが、
ビー玉が1個足りずゲームオーバーです。

もし列を並べられるといったんリセットされますが、
さらに10個ビー玉が増えます。
(同時に2列揃えると、ビー玉が20個)
そうやってビー玉を増やして、
最終的には後ろに飾ってある景品がポイントに応じてもらえます。
自分が学生時代にはこれを何個も増やして
1コインで2時間以上遊んでいられました。
当時は自分はこのゲームが大得意だったのですが……
30年ぶりに遊ぶと隔世の感は否めません。


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自分の「過去の栄光」を知らないここの主人には、
「意外と上手やん。惜しかった、惜しかった」
と慰めて頂きました。
そして残念賞として、この飴玉を1個もらいました。


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その遊技場から、綾小路を西に向いています。
次は、向こうに立っている鉾に向かいます。


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遊技場から、綾小路を約50m西に進みました。
こちらに、綾傘鉾が立っています。
「傘」と言っても雨傘とは異なる形状で、
葵祭巡行で女房に差し掛けられていたものに近いですね。


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綾傘鉾から西に向きました。目の前に小さな神社がありますね。
次は、その小さな神社に向かいます。


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こちらが、その小さな神社大原神社です。
京都府福知山市の大原神社が勧請したものです。
ご祭神は伊弉諾尊(いなざぎのみこと)で、安産のご利益があります。
そしてこの神社自体が、綾傘鉾の会所です。


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では、大原神社境内に入って参拝します。
先ずは、こちらの手水舎で手を浄めます。


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大原神社手水舎から、境内の奥(北)側を向いています。
こちらに、末社の稲荷社と本殿があります。
次は、こちらにお参りです。


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大原神社境内の西側に社務所があって、
そちらが祇園祭の期間中は綾傘鉾の会所に変わります。
こちらで粽などを購入できるほか、
牛頭天王」の掛け軸にお参りも出します。
その掛け軸の手前にお面が奉納されていますが、
山鉾巡行の際の棒振り踊りに使われます。


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大原神社を出て、綾小路を東に向きました。
では、ここから室町通まで戻ります。


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大原神社から綾小路を約50m進み、室町通まで戻ってきました。
交差点の北西角に、先ほどの遊技場の赤いテントが見えますね。


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綾小路から、室町通を北に向いています。
ここから北の室町通は4車線の大通りですが、
祇園祭見物の方々が多くて帰って歩きにくいですね。
と言いますのも、こちらに鶏鉾が立っていて
多くの方々がこちらを訪れるからです。


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鶏鉾など鉾や大きな曳山は、有料で中に入れます。
ところがこちらは満員で、中に入るのはまた別の年にします。

鶏鉾がなぜ「鶏」なのか諸説ありますが、まだ定説はありません。
ですから、取材した物語なども不明です。
(祇園祭の山鉾の中で、今も取材ネタ不明なのはここだけです)
見送りに重要文化財のベルギー製タペストリを使用していますが、
後祭の鯉山のものとは元は同一でした。
ただし、そちらは宵山の段階では会所の奥に安置されていました。


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鶏鉾の北側から、室町通を北に向きました、
あと100m北上すれば四条通ですね。
ここから四条通沿いの山鉾を回っていくのですが、
今回もだいぶ写真を貼り付けましたので、ここまでとします。

~次回は、四条通の山鉾を巡ります~

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第580回 膏薬辻子の近く~祇園祭前祭散策2018~その3

[祇園祭] ブログ村キーワード
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前回ブログ最後に立ち寄った鶏鉾を背に、室町通を北上しています。
この辺りは祇園祭で一番露店が集中するのですが、
午後5時の営業開始に向けて準備中です。
今回はここから四条通に出て少し西に進んだ後、
膏薬辻子周辺の山鉾を散策します。
撮影日は、2018年7月15日宵々山の日曜日午後3時15分。
日差しが強いこともあって、寄り道に精が出ました。


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先程の位置から、室町通を北上しています。
右(東)側の建物が京都市バスのターミナルということもあって、
この辺りの室町通は大通りなのですが、
それを何台ものトラックが塞いでいて、結構せまく感じます。
これらのトラックには露店の資材が積まれていて、
各露店が資材を取り出されて組み立てられている最中でした。
大通りの露店は午後5時開店を目処に、
比較的参拝者が空いている昼下がりに組み立てられます。


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鶏山から、室町通を約100m北上しました。
ここで室町通は、四条通と交差します。

四条通以北の室町通には、菊水鉾が立っています。
かつてこの辺あった井戸「菊水の井」が、由来です。
こちらには、もっと後の方で近付きます。


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室町通から、四条通を東に向いています。
午後6時になるまで、四条通は自動車や市バスが普通に通ります。
午後6時以降は歩行者天国になって、人間で大渋滞を起こします。
(連日京都市の全人口くらいの人数が、ここに集結します)

手前に函谷鉾が見えます。四条通を囃手が練り歩くのが有名です。
中国の洛陽と長安の間にある関所「函谷関」が由来です。
そう書くと「三国志演義」の取材に思えますが、
司馬遷による「史記」から取材しています。
函谷鉾のさらに向こうに微かに長刀鉾が見えますが、
函谷鉾と長刀鉾は、前祭散策の最後に回ります。
(約3時間後に、またここに来ます)


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今度は室町通から、四条通を西に向きました。
ここに聳え立つのは、祇園祭の山鉾最大の月鉾です。
先端に、三日月型の鉾が付いていますね。


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では、月鉾に近づいていきます。
例年こちらはこの時間帯でも相当混んでいるのですが、
2018年は参拝者が比較的少なめです。
そこで、例年諦めていた月鉾に近づこうと思います。


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月鉾は、会所及び鉾内部の撮影を一切禁じています。
代わりに、こちらの写真を貼り付けます。
分かりにくいですが、月鉾の手拭いです。
ただ月鉾は手拭いや粽・カレンダーなどのいずれかを購入すれば、
無料で月鉾に上がれます。
自分はこちらの手拭いを購入しましたので、
遠慮なく月鉾内部に上がりました。
(ただし、先ほどの説明通り写真はありません)
昨年(2017年)上がった船鉾と比べて倍ほど高かったですが、
囃手が着席される場所は半分ほどで、油断すると落ちそうでした。
天井の金箔や彫刻などの細工は見事だったのですが、
ご祭神の月読命の神像などは、いらっしゃいませんでした。


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月鉾を下りて、四条通を西に向いています。
では、こちらをさらに進んでいきます。


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室町通から、四条通を西に約100m進みました。
ここで四条通は、新町通と交差します。


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四条通から、新町通を北に向いています。
向こう(北側)に、放下鉾が見えます。
南京玉すだれなどの大道芸も行った「放下僧」に取材しています。
こちらには、四条通以南の山鉾の全てを見てから行きます。
また、新町通は午前中から露店が立ち並びます。
そのため、朝から参拝者で賑わいます。


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新町通から、四条通を西に向いています。
四条通以南の新町通沿いの京都市下京区四条町には
後祭に大船鉾が立ちますが、前祭には何も立ちません。
そこで、もう暫く四条通を西に進みます。


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新町通から、四条通を西に約50m進みました。
「膏薬辻子」(こうやくのずし)という石畳の小路が、
四条通から綾小路にかけて伸びています。
その辻の南西角に、郭巨山の会所があります。


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こちらが、郭巨山会所内部の様子です。
町衆にお願いして、フレームから外れてもらいました。
お供え物の奥に、ご神体の郭巨の像がいらっしゃいます。
こちらは、郭巨という中国人を取材した山です。
親子連れで山を歩いていた郭巨が、地面から
黄金の入った釜を見つけた故事に由来します。
ですから、こちらには金運のご利益があります。


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こちらの郭巨山で、また粽を買いました。
ウチは毎年こちらの郭巨山で、粽を買います。
(ですから、この時昨年の粽を返却しました)


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こちらが、その袋の中身です。
金運をあげる郭巨山ですから、紙製の大判も付きます。
こちらは、ウチの母が経営する店先に吊します。


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四条通から、郭巨山会所の東側に伸びる小路を南に見ています。
この小路が膏薬辻子で、第547回ブログ以来の取材です。
ここから綾小路まで、京町家と石畳の道が続きます。


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膏薬辻子には民家も多いのですが、ホテルや飲食店・
さらにはこのようなお店も多くあります。
こちらは、浴衣を初めとした和服や和装小物が売られていました。


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こちらの虫籠窓(むしこまど)の京町家は、京都神田明神です。
東京の神田明神同様、平将門の首塚を発祥としています。
ただ東京の方は平将門の墓を起源としていますが、
こちらは空也の発案にこの地に立てられたものです。
ですから元々「将門塚」だったわけですが、
いつの間にか建立者の「空也塚」と呼ばれるようになり、
これが何度か転訛して「膏薬辻子」になりました。

次はこちらに参拝しようとしたのですが、
閉まっていて中に入れませんでした。
この日が、日曜日だからでしょうか?


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京都神田明神の前から、膏薬辻子を南に向きました。
膏薬辻子は四条通から約70m南下すると、西に折れます。


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四条通から膏薬辻子を約70m南下して、西を向きました。
今度は、西に約30m膏薬辻子が続きます。
途中にたくさんの方々が集まっておられますが、
あの辺りに町屋カフェが新規オープンしていて、
そこの評判が良いみたいです。


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先程の角から、膏薬辻子を西に約30m進みました。
こちらに「喜多西」という茶店があったのですが、
僅か数カ月の間に別の場所に移転していました。
結構流行っていたので、割と驚いています。


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その位置から、膏薬辻子を南に向いています。
膏薬辻子は、ここから約50m先の綾小路まで続いています。
こうして見ると、右(西)側にブルーシートが掛けられています。
こちらは、先ほどの喜多西の南側に隣接します。
まぁこの辺りは特に指定文化財という訳ではないので、
ここに何を建てようと所有者の勝手ですが、
もしこの街並みが無くなったら寂しいですね。


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先程の位置から、膏薬辻子を約50m南下しました。
左(東)側は杉本家で、右(西)側は飲食店のようです。
ここで膏薬辻子は、綾小路と交差します。


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膏薬辻子南端で、綾小路を東に向きました。
こちらに、伯牙山が立っています。


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伯牙山の西に側が、伯牙山の会所です。
次は、こちらへと入っていきます。


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こちらが、伯牙山の内部です。
目の前に箏が一艘あって、注連縄の奥がご神体の伯牙の神像です。
こちらも、中国の相当古い故事に取材しています。
伯牙は箏の名手だったのですが、
伯牙の琴のいちばんの理解者で親友である方が亡くなって、
その悲しみから愛用の箏を斧で叩き割る話です。
このように中国の故事に由来するので、
こちらの山は胴掛や前掛に大昔の中国の織物を使っています。


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こちらに、前掛でしょうか、胴掛でしょうか展示されていました。
その前に檜扇が生けてあります。祇園祭を象徴する花ですね。


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伯牙山会所を出て、綾小路を東を向きました。
伯牙山会所は、杉本家の一部を使っています。
また、祇園祭期間中杉本家は有料で公開されます。
そういう訳で、今年(2018年)もこちらにお邪魔します。


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杉本家内部は、完全に撮影が禁じられています。
そこで内部の様子を撮影した絵葉書を買って、
それを代わりに載せています。
(杉本家側から、許可は頂いています。まぁ毎年のことなので……)
右側の写真は菊花の金屏風ですが、
今年はこちら含めた数点が飾ってありました。
6畳間を4部屋回るのですが、縁側の部屋で
今年(2018年)は棕櫚の木が1本生けてありました!
杉本家の方に尋ねたところ(たまたま部屋を見て回られていました)
「金屏風に見劣りしない豪快なものを生けたいと思った」
とのことだそうです。
背後の屏風と合っていて、とても面白かったですね。
こちらは冷房が一切ないので、庭に氷柱を置かれていました。
そして杉本家の方が溶けかけた氷柱をさらに砕いて、
ここに来られた方々に配られておりました。
(甲子園の「かち割り氷」の要領で、食用に配られていました)


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杉本家には、約30分いました。
綾小路に戻って、東を向いています。
目の前に、伯牙山が立っていますね。
では、ここを通ってさらに進んでいきます。


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杉本家の東側京町家の前に、こちらのテントが立っていました。
こちらで、冷やしあめとグリーンティーが売られていました。
ソルティーライチを飲み切っていたので、
熱中症対策にこちらで冷やしあめを飲みました。

ではこちらから新町通に戻って船鉾や岩戸山に向かいますが、
今回もだいぶ写真を貼り付けました。
今回は、ここまでです。

~次回は、船鉾と岩戸山に向かいます~

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第581回 岩戸山に登る~祇園祭前祭散策2018~その4

[岩戸山] ブログ村キーワード
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前回ブログで訪れた伯牙山の会所でもある杉本家の前で、
綾小路を東に向いています。
今回はここから新町通を南下して、新町通の山鉾を制覇します。
撮影日は、2018年7月15日宵々山の日曜日午後4時。
まだまだ日差しが強いですね。


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杉本家から、綾小路を東に約50m進みました。
目の前の露店の先で、綾小路は新町通と交差しています。
よく見ると、ずっと先に第579回ブログの綾傘鉾が立っています。


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綾小路から、新町通を北に向いています。
四条通~綾小路間の新町通沿いには、後祭に大船鉾が立ちます。
ただ、前祭期間中は何も立ちません。


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今度は、綾小路から新町通を南に向きました。
今回ブログは、残りの新町通沿いの船鉾と岩戸山に向かいます。


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綾小路から、新町通を南下しています。
こちらにワインを出す飲食店があるのですが、
この期間中は店頭でワインをコップで販売しています。
本当ならこれを飲みながら先に進みたいのですが、
この炎天下でアルコールを摂取すると
お酒に弱い自分は熱中症になりますので、
ここは泣く泣く諦めて先に進みます。


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そのワイン屋さんの南隣は、花屋さんです。
こちらに、人だかりができています。

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自分も、その花屋さんに近づきました。
こちらで、檜扇が盛りを迎えていました。
確かにきれいな花ですが、祇園祭山鉾町以外で需要はありません。
やはり、この辺の町衆が買いに来るのでしょうね。


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その花屋さんから、新町通を南に向いています。
こちらに、船鉾が立っています。


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船鉾には昨年(2017年)登りましたので、
2018年は下から見上げるだけにします。
船鉾が船形なのは、神功皇后が朝鮮半島に出兵した際
乗り込んだ「アマノトリフネ」を模しているからです。
舳には、架空の水鳥である鷁(げき)が取り付けられています。


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こちらが、船鉾の後部です。
小さな神棚が見えますが、こちらに神功皇后像が安置されます。
大船鉾とは、胴掛が横縞であることと舵が黒漆塗りであることで
区別できます。
(大船鉾は、胴掛が縦縞で舵が朱漆塗りです。第418回ブログ参照)


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船鉾の南側から、新町通を南に向いています。
では、こちらをさらに南下しています。


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新町通沿いに、こちらのお店があります。
醍醐正という呉服問屋で、西陣織以外も白布全般を扱っています。
ちょっと、こちらにお邪魔します。


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醍醐正店内に入ってきました。
すると先ずはこちらが目に入ります。金色の大黒天像ですね。
その板には、たくさんのお賽銭があります。
自分も、早速お供えしました。


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店の奥には、こちらの竹を描いた屏風が飾ってありました。
よく見ると、何匹がカタツムリが遊んでいます。
かつて祇園祭では、このようにこの辺りのお店が持宝を公開して
祇園祭散策者はそれらを自由に眺められていたのですが、
ここ数年そういうお店は皆無になりました。
後祭には何軒かまだ残っているのですが、
前祭でこれを行っているのは、醍醐正さんだけになりました。


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醍醐正さんを出て、新町通を南に向いています。
新町通は、ここで仏光寺通と交差します。


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新町通から、仏光寺通を東に向いています。
約200m先の烏丸通沿いに、地下鉄「四条」駅があります。
(この散策が、始まった地点です)


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仏光寺通から、新町通を南に向いています。
目の前に、岩戸山が迫ってきました。


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岩戸山の東側に、駐車場があります。
そして、その奥に岩戸山の会所があります。


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こちらが岩戸山のご神体です。鳥居の奥に天岩戸が立っています。

こちらは、「アマノイワト伝説」から取材した山です。
素戔嗚尊(すさのおのみこと)の悪行に耐えかねた
太陽神の天照大神(あまてらす)が逃げ隠れた場所です。
この後、天宇受売(アメノウズメ)・田力男の活躍で天照大神は
高天原に帰還されて厄病神の素戔嗚尊は追放されます。
祇園祭は天然痘を鎮めるためのもので、
祇園祭の主神牛頭天王はその天然痘の神様でもあります。
(正確には天然痘をばら撒き、人々を殺す神様)
後に牛頭天王は素戔嗚尊と同一視されるわけですが、
(どちらも病気をばら撒く厄病神です)
素戔嗚尊を高天原から追放する伝承に取材したこの山を
巡行の最後から2番目に常に配置するのは、
個人的には呪術的な理由があるように思えます。


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会所がある駐車場を出て、新町通を南に向いています。
では、こちらの木戸から岩戸山に入ります。


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こちらは、待ち時間なしで300円納めて山の上に上がれます。
その前に、岩戸山の破風を覗きます。
こちらには、八岐大蛇が彫られています。
素戔嗚尊が一転して英雄として描かれている伝承が
何故かこの岩戸山に取材されています。
屋根裏には日本画家の中島華鳳によるセキレイが描かれています。


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その周囲には、様々な花々が描かれています。
こちらは中島華鳳の師今尾景俊の作です。


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岩戸山をだんだんと登ってきました。
今尾景俊の絵が、ここまで近いと鮮やかに見えますね。


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岩戸山の上に上がりました。
先程の写真には天井に金箔が貼ってあるのが見えましたが、
その中央にはこちらのように織物が敷き詰めてあります。


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岩戸山の上から、北を向いています。
ずっと向こうに、船鉾が見えますね。
岩戸山の上は、船鉾の半分くらいの広さです。
(前回ブログの月鉾と同じくらいでしょうか)
自分は高所恐怖症なので、だんだん厳しくなってきました。


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では、岩戸山を下りていきます。とは言えこの急角度です。
京都は階段も梯子も高くて急ですね。


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岩戸山を下りて、新町通を南に向きました。
向こうに見える信号が、高辻通ですね。


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岩戸山から、新町通を南に歩いています。
こちらで、京団扇の製造販売をされています。
毎年ここが楽しみだったのですが、
ここ数年祇園祭前祭宵山は閉まっています。


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高辻通から、新町通を南に向いています。
ご覧の通り、ここから南には山鉾が立っていません。
それで祇園祭前祭の新町通沿いの山鉾は制覇しました。
(後祭には、別の山鉾が立ちます)


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新町通から、高辻通を東に向いています。
約70m先に第578回ブログ繁盛の宮がいらっしゃいます。


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今度は新町通から、高辻通を西に向きました。
ここから油小路まで一気に歩いていくのですが、
もうだいぶ写真を撮りましたので、今回はここまでです。

~次回は、西洞院通以西の山鉾を散策します~

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第582回 太子山の新胴掛~祇園祭前祭散策2018~その5

[太子山] ブログ村キーワード

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室町通から、高辻通を西に向いています。
これで、前祭の全山鉾のうち半分くらいを回りました。
今回は油小路まで移動して、太子山を目指します。
撮影日は、2018年7月15日宵々山の日曜日午後4時。
先を急ぐ前に、先ずは角のコンビニエンスストアに寄ります。


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そのコンビニエンスストアでは、
いつも飲んでいるソルティーライチがありませんでした。
そこで、代わりにこちらを買いました。
透明なのですが、紅茶の渋みと桃の甘味がしっかりあります。
ちょっと変わった飲み物です。


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こちらは、そのコンビニエンスストアの西隣です。
京阪電鉄「清水五条」駅前に半兵衛麩がありますが、
こちらはその半兵衛麩の配送センターです。
ただこちらも祇園祭の山鉾町にありますので、
正面玄関には洛中洛外図屏風などが展示されています。
(多くの方々が見物されている場所に、展示されています。
かつては山鉾町の多くの呉服問屋が、これを展示していました)


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半兵衛麩配送センターの前で、高辻通を西に向きました。
配送センターの西側に神社がいらして、
そこから南に小路が伸びています。


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こちらが、その小路です。若宮通ですね。
昨年(2017年)秋に、「若宮通編」として散策しました。


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一方、こちらは菅大臣神社です。
この辺りは元々菅原道真の邸宅の一つでした。
(平安貴族は、京都市街地に自分の邸宅をいくつも持っていました)
では、また今年(2018年)もこちらに参拝します。


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高辻通から、菅大臣神社一の鳥居をくぐりました。
こちらから北に、路地が続きます。
目の前のお地蔵さんの北側には、民家が何軒か並んでいます。


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先程の位置から北上して菅大神社二の鳥居をくぐると、
菅大臣神社境内に入ります。
この辺りには、桜並木が続きます。
菅大臣神社は、京都屈指の桜の名所です。(第390回ブログを参照)


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桜並木の北側に、四辻があります。
ちなみに、ここからさらに北上すると仏光寺通に出ます。


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その四辻の北西角に、こちらの稲荷社がいらっしゃいます。
三玉稲荷と、赤崎稲荷が合祀されています。
先ずは、こちらに参拝しました。


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そして、その四辻で西を向きました。
こちらの参道の両脇が、この辺でいちばん濃い桜並木ですね。
この参道は、西洞院通で突き当たります。


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さらに、四辻の東に菅大臣神社本殿がいらっしゃいます。
ちなみに、「官大臣」とは菅原道真のことです。
菅原道真は、この他に「官公」「菅家」などの異名があります。
では、こちらに参拝します。


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そして、その四辻から南に向きました。
ではこの桜並木を通って、菅大臣神社を出ます。


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先程の四辻を南下して、菅大臣神社二の鳥居をくぐりました。
次は向こうの一の鳥居をくぐり、高辻通に戻ります。


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菅大臣神社一の鳥居の前で、高辻通を西に向きました。
高辻通は、ここから急な下り坂に変わります。


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若宮通(菅大臣神社一の鳥居)から、高辻通を西に歩いています。
目の前に、餃子屋さんの亮昌本店があります。
昨年(2017年)は昼食を摂ろうとして、閉まっていて諦めました。
(第489回ブログを参照)
今年(2018年)は開いているのですが、
第578回ブログで食事を摂っていてまだ満腹でした。
上手い具合には、行かないですね。

そして、この先で、高辻通は西洞院通と交差します。
西洞院通は、V字谷の底に当たります、


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高辻通から、西洞院通を南に向いています。
平安京遷都時、西洞院通には川が流れていました。
つまり、この道はその川底跡です。
その名残で、この辺りの西洞院通はV字谷の底にあります。


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今度は高辻通から、西洞院通を北に向きました。
ここから約400m先に蟷螂山が立っていますが、
この位置からでは何も見えません。


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ここに制服警察官が立たれて、観光客に道案内をされていました。
結構忙しそうでしたね。
では信号が変わりましたので、西洞院通を渡ります。


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西洞院通から、高辻通を西に向いています。
先程の説明通り、ここから西には急に上り坂です。


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「高辻西洞院」交差点北西角から、西に約20m進みました。
こちらに、石碑が立ってます。
禅宗の1派曹洞宗を日本に広めた道元が、ここで入滅されました。


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その石碑の前で、高辻通を西に向いています。
ここで高辻通は、東中筋と交差しています。


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高辻通から、東中筋を北に向いています。
こちらは、膏薬辻子と同様石畳と京町家の街並みが続きます。
(第580回ブログを参照)


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今度は東中筋から、高辻通を西に向きました。
約50m先で、高辻通は油小路と交差します。


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高辻通から、油小路を北に向きました。
油小路は、祇園祭の山鉾町の最西端です。
この先に、今回ブログのメイン太子山が立っています、


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高辻通から油小路を北上し京都市立下京雅小学校校門前に来ました。
太子山の手前に、こちらのテントが立ってます。
京都府宇治田原町役場からのもので、
地元産出のお茶を通りがかりの方々に振る舞われておられました。
昨年(2017年)もこちらで振る舞われておられて、
その時ウチの母がこのお茶をえらく気に入っておりました。
(その母は、今回同行しておりません)
先程の飲料を飲み干していたので、遠慮なくこちらを頂きました。
宇治田原茶の特徴は、渋みとエグみが弱くその分甘いことです。


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宇治田原町のテントを背にして、油小路を北に向きました。
こちらが、太子山です。ご祭神は、聖徳太子です。
祇園祭の各山鉾はそれぞれ独立した神社ですので、
それぞれにご利益があります。
こちらのように知識人がご祭神の場合は、学業成就や受験合格です。
ですから、山の周囲の格子には
さまざまな受験校が書かれた絵馬がいくつも吊るされています。

また、太子山の手前に丸太製のベンチがあります。
こちらに座ると、頭がよくなるというご利益があります。


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今度は、太子山を北側から見ています。
こちらにもベンチがあって、参拝者で鈴なりです。


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太子山の北側に、太子山の会所が建っています。
こちらは、元々は薬問屋の秦家住宅です。
現在は薬局を辞めておられますが、
京都市による指定文化財として建物が保存されています。
昨年(2017年)までは正面の雨戸は閉まっていたのですが、
今年(2018年)は外から中の様子を眺めることができます。


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太子山会所の脇に、こちらの荷茶屋(にないちゃや)が並んでいます。
要するに荷物を運搬するための道具で、
通常は竿を差し込んで一人で2つとも担ぎます。
実は山鉾巡行をよく見ると、
山鉾の前後にこの荷茶屋の担ぎ手がいらっしゃいます。
そう言えば、2015年の山鉾巡行では芦刈山の担ぎ手さんが
「御池河原町」交差点で荷茶屋を担いだまま回転されていました。


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こちらが、太子山会所の奥の様子です。
神棚の奥に、ご神体の聖徳太子像がいらっしゃいます。
周囲の胴掛が、真新しいですね。


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そのうち、こちらは南側に掛かっていた胴掛です。
こちらは、今年(2018年)に完成したベトナム製の刺繍です。
一針一針手縫いなので、職人の技の冴えがよく分かります。


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そして、こちらが北側に掛かっていた胴掛です。
こちらの刺繍製作の模様は、様々なTV番組に紹介されていました。
そちらによると、30人ほどの職人が3年ほどかけて作られました。
ベトナムの刺繍は見事ではあるのですが世界的には無名で、
こちらを製作することで世界中に知らしめる役目もあるようです。
ある意味、国を背負った製作ですね。


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太子山会所の北側に、こちらが並んでいました。
今までで飲み干したペットボトルをこちらに捨てました。
(今回ブログ最初の飲料も、この段階では飲み干しています)


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そのゴミ箱の前で、油小路を北に向いています。
ここで油小路は、仏光寺通と交差します。


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油小路から、仏光寺通を東に向きました。
この先に、仏光寺通唯一の木賊山が立っています。
ここからその木賊山に向かった後
油小路戻って油天神山に進むわけですが、
今回はもうだいぶ写真を貼り付けました。
ここまでとし、続きは次回とします。

~次回は、西洞院通以西の山鉾を全て回ります~

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第583回 山鉾町の西端~祇園祭前祭散策2018~その6

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油小路から、仏光寺通を東に向いています。
右(南)側には理髪店がありますが、
「仏光寺油小路」の辻を中心に理髪店や美容院が立ち並びます。
今回は仏光寺通唯一の山鉾木賊山(とくさやま)にお邪魔した後、
この周辺の山鉾を見て回ります。
撮影日は、2018年7月15日宵々山の日曜日午後4時半。
日が傾いたら、涼しくなってきました。


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油小路から仏光寺通を約30m東に進みました。
こちらが、木賊山の会所です。
会所前のテントで、粽や手拭いなどが売られています。
何年か前には、こちらで木賊の切れ端が売られていました。
木賊は体長1mほどの草ですが、漢方薬にもなります。
ですから、かつてはこちらを刈り取るのを
仕事にしていた方もいらっしゃいました。
この木賊山は、その木賊刈りの老人の像がご神体です。


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こちらが、木賊山会所の奥です。
賽銭箱の先に、ご神体の老人像がいらっしゃいます。
こちらの胴掛や見送り・水引は、2014年に新調されました。


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木賊山会所の東側に、木賊山が立っています。
木賊山を通り抜けさらに東に行くと西洞院通に辿り着けますが、
今回ブログは祇園祭山鉾町最西端の油小路を中心に散策します。


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木賊山に背を向けて、仏光寺通を西に向いています。
では、木賊山会所を通り過ぎて油小路に向かいます。


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木賊山の前から仏光寺通を西に進み、
木賊山会所の前を通り過ぎて油小路に戻ってきました。
(今回ブログ最初の地点で、逆方向に向いています)
仏光寺通をこのまま進むと堀川通に至り、
もうその辺りには山鉾は一切立ちません。


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今度は、仏光寺通から油小路を北に向きました。
背後(南側)には、前回ブログで訪れた太子山が立っています。
次は、目の前の油天神山に向かいます。

……と言いたいところですが、
ここで目の前の警察官に呼び止められました。
カメラ片手の自分が不審だったのかと思いきや、
「君、疲れた顔してるよ?
自覚ないみたいだけど、たぶん熱中症にかかっているよ。
ちょっとしゃがんで、休みなさい。水分もしっかり摂ってね」
と心配されてしまいました。
熱中症の自覚は多少あったのですが、気を付けないといけません。
とにかくこちらの警察官に心配をかけて、申し訳ない限りです。


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仏光寺通から、油小路を北上しています。
こちらが、油天神山です。油小路沿いの天満宮がご神体です。
(神社自体がご神体です。祇園祭の山には同じ例がいくつかあります)
「天満宮」ですが、ご利益は火災除けです。理由は後述します。


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油天神山を通り抜け、油小路を北上しています。
路地との角に雑貨屋さんがあって、
そちらでバーゲンセールが行われています。
祇園祭では、山鉾町の各店舗や問屋がこのよく行っています。
その雑貨屋さんの北隣に、油天神山の会所があります。
こちらで粽や手拭いが手に入ります。

昨年(2017年)こちらの前に来たとき、大雨に祟られました。
その時こちらの会所の方から雨傘を借りることができまして、
おかげでその後移動することが可能になりました。
傘そのものはウチの母が昨年のうちに返却したのですが、
自分はまだ言ってなかったので、ここでお礼を言いました。
会所にこの時間帯は昨年とは違う方がいらして、
正直何のことかわからないという反応をされていましたが……


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油天神山会所の前で、油小路を北に向きました。
この先で、油小路は綾小路と交差します。
その道が交差する辺りに、小さな神社がいらっしゃいます。
次は、そちらに向かいます。


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こちらが、その火尊天満宮(ひみことてんまんぐう)です。
別名「油天神」で、油天神山はこちらの神社がご神体です。
(この神社のご神体は、この時点は油天神山会所にいらっしゃいます)

こちらには、元々愛宕神社が勧請されていました。
愛宕神社は京都府の愛宕山頂上に祀られる神社で、
さまざまな神様を祀っていますが、火除けのご利益があります。
そのため、京都市街地ではよく台所にお札が貼られています。
(ウチは霰天神山のお札ですが……)
江戸時代にこの辺りの土地所有者だった風早氏が
菅原道真の木像を手に入れ、こちらを天満宮に変えました。
その際、こちらは「愛宕神社の性質を持つ天満宮」という
他にない変わった神社になりました。
ですから、こちらのご利益は「学業成就」ではなく「火除け」です。


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油小路から、綾小路を西に向いています。
あと100m進むと、綾小路は堀川通と交差します。


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今度は、綾小路から油小路を北に向きました。
この辺りは、理髪店や美容院が多いですね。
こちらは、「美髪館」という理髪店です。この時点も、開店中です。
理髪師の男性が一人で何もかもされていて、
2,500円と京都ではかなり安い散髪代なのですが、
かなりの人気店なので予約しないと入店できません。


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さらに油小路から、綾小路を東に向きました。
向こうに、新たな山鉾が見えますね。
では、こちらに進んでいきます。


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油小路から、綾小路を東に約50m進みました。
こちらに、芦刈山の会所があります。
慶派の一人康運によるご神体がいらっしゃいますが、
ここ数年この辺りを差さくされる方々が増加していて
今年(2018年)も会所にお邪魔できませんでした。
以前は、むしろいちばん空いた地域だったのですが……


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芦刈山会所の前で、綾小路を東に向きました。
向こうに、芦刈山が立っています。

芦刈山は、芦を刈り取ってそれを売って生計を立てている
ある老人を祀っています。
その方は年を取ってから別れた元妻と出会い、再び結ばれます。
そんな物語を取材していますので、こちらは夫婦円満を象徴します。


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芦刈山を大写しします。
こうして撮ると、芦刈山の象徴獅子の図がよく見えますね。


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芦刈山の脇に、こちらの京町家が建っています。
こちらは数年前まで屏風と檜扇を飾っておられましたが、
ここ数年は閉めておられます。


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こちらは、その町屋の向かい(北)側です。
こちらは、今年(2018年)から屏風を展示されています。


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こちらが、その屏風です。ウミネコと白百合ですね。
青い屏風というのは、相当変わってますね。


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芦刈山から、綾小路を東に向いています。
ここで綾小路は、西洞院通と交差します。


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綾小路で、西洞院通越しに東に向いています。
この向こうに、第580回ブログに出て来た伯牙山が見えます。
日が傾いてきて、人混みもだんだん本格的になってきました。


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綾小路から、西洞院通を南に向いています。
ずっと向こう(約150m先)に、
前回ブログで参拝した菅大臣神社がいらっしゃいます。


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今度は綾小路から、西洞院通を北に向きました。
では、こちらを進んでいきます。


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綾小路から、西洞院通を北上しています。
西洞院通は4車線の道ですが、
四条通以南は車両制限がありません。


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綾小路から、西洞院通を約100m北上しました。
ここで、西洞院通は四条通と交差します。

これで祇園祭前祭の四条通以南の山鉾は、すべて回りました。
後は四条通以北の山鉾を残すだけですが……まだまだあります。
ここからは、四条通以北の山鉾を西から順に回ります。
ただここでキリがいいので、今回はここまでとします。

~次回は、向こう(北)側に見えている蟷螂山に向かいます~

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第584回蟷螂山かみきりおみくじ~祇園祭前祭散策~その7

[蟷螂山] ブログ村キーワード

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西洞院通から北を向き、目の前で四条通と交差しています。
前回ブログまでで祇園祭前祭に立つ山鉾のうち、
四条通以南の山鉾はすべて回りました。
今回から四条通の西から東へ進み、新町通まで進みます。
撮影日は、2018年7月15日宵々山の日曜日午後5時。
この時期は、まだまだ日が沈みません。


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西洞院通から、四条通を東に向いています。
向こうに、第580回ブログで会所にお邪魔した郭巨山が見えますね。
(毎年、ウチが粽を買っている山ですね)
「四条西洞院」交差点南東角に、
「若狭屋」という和菓子屋さんがあります。
祇園祭限定菓子を売っていますが、時間がないので先に進みます。


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「四条西洞院」交差点南西角から、北を向いています。
では、この横断歩道を渡って四条通の北側に進みます。


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横断歩道を渡って、四条通を西に向きました。
こちらに、四条傘鉾が立っています。


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こちらが、四条傘鉾です。綾傘鉾と形状が似ています。
(第579回ブログを参照)
「鉾」という名前が付いていますが、刃先は付いていません。
厳密には、「傘鉾」という鉾とは違う種類の山鉾です。
四条傘鉾の西側にテントが並んでいますが、
あちらが四条傘鉾の会所です。
(大通りの山鉾は、会所をテントで設営している場合も多いです)


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四条傘鉾から、四条通を東に向いています。
では、こちらから「四条西洞院」交差点に戻ります。


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「四条西洞院」交差点北西角に、
地域スーパーのフレスコ四条店があります。
こちらで、祇園祭前祭限定の露店が立ちます。
パイナップル100円、スイカ200円、モモ300円で売っています。
売上的には、パイナップル→スイカ→桃の順のようです。
安い方がよく売れるようです。


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で、自分はこちらのスイカを買いました。これで200円です。
前回ブログで警察官に心配されてしまいましたので、
熱中症対策でこちらを頂きました。
優しい甘さが美味しいですが、自分は水分が多いのが好みです。
大量の水分で、元気が戻ってきました。


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西洞院通から、四条通を北に向きました。
ずっと向こうに、蟷螂山が見えます。


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四条通から、西洞院通を北上してきました。
だんだん蟷螂山が近づいてきました。
この辺りは午後6時まで、自動車が通ります。
ですから、町衆の交通整理も大変です。


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こちらが、蟷螂山(かまきりやま)です。
山の上に牛車が載っていて、その上にカマキリが載っています。


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天上部のカマキリを大写ししました。こちらはからくり人形です。
頭部・前足のカマ・翅をピアノ線で、動かせます。
山鉾巡行の際それらを動かしながら、このカマキリが行進します。
また、宵のうちは宵山でもこのカマキリが動きます。


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蟷螂山の北側に、テントが並びます。
こちらは蟷螂山の会所で、粽や手拭いが売られています。


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蟷螂山会所のテントの北側を撮っています。
とにかく長い長い行列です。会所から北に列が伸びています。


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錦小路で、西洞院通の西側歩道に渡りました。
そのまま南を向き、行列の様子を撮りました。
こちらに細い道ができて、こちらが歩道代わりになっています。
この道は、行列に関係なく前に進めます。


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その細い道を南下しまして、行列の先頭の脇まで来ました。
こちらは、粽や手拭いを買う列ではありません。
「かまきりおみくじ」というお御籤を引く列でした。


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こちらが、かまきりおみくじの様子です。
参拝者が手前のハンドルを回します。
するとからくりのカマキリが動き出し、
朱い木箱からテニスボール大の玉を運んできます。
その玉の中にある番号札が、お神籤の引換券になります。
2014年度から始まったかみきりおみくじですが、
もう祇園祭の名物となりましたね。


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蟷螂山から、西洞院通を南に向いています。
では、ここを南下して四条通に戻ります。


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蟷螂山から西洞院通を南下して、
「四条西洞院」交差点に戻ってきました。
午後6時になるまで、西洞院通に加えて四条通も自動車が通ります。
現在午後5時15分。歩行者天国になるには、まだ時間があります。


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今度は、四条通から西洞院通を東に向いています。
この先に、郭巨山が見えますね。


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西洞院通から、四条通を東に歩いています。
だんだん郭巨山が、近づいてきました。


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こちらが、郭巨山です。胴掛などは、既に取り付けられています。
会所は四条通南側歩道にあるので、第580回ブログで訪れました。
昔中国に郭巨という男がいて、
釜の中から黄金を発見する話から取材しています。
ですから、こちらは金運を司る山です。


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郭巨山から、四条通を東に向いています。
ここで、左(北)に伸びる小路が見えますね。


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四条通から、その小路を北に向きました。
ここから先は、第548回ブログで散策しました。


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同じ位置で、南を向きました。
四条通南側歩道に、膏薬辻子と郭巨山会所が見えます。
(第580回ブログを参照)


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その通りから、四条通を東に向いています。
目の前で、四条通は新町通と交差します。


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四条通から、新町通を南に向いています。
約120m先に、船鉾が立っています。
約50m先に大船鉾が立つのは、後祭の方です。


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四条通から、新町通を北上しています。
こちらに、放下鉾が立っています。
南京玉すだれなどの大道芸を行ったとされる放下僧を祀った鉾です。


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この辺りの新町通には呉服問屋がもともと多かったのですが、
放下鉾付近には飲食店が多くなってきました。
そしてこちらは割烹屋「いち」なのですが、
その前に露店が出ていてビルやジュースが売られています。
その間で「ハモバーガー」が売られていましたが、
もうだいぶ名物になって来たようです。
今年(2018年)はお客さんが多くて、買いに行けませんでした。


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放下鉾の北側で、新町通を北に向いています。
午後5時を過ぎて、参拝者がどんどん増えてきています。
こちらの韓国料理屋さんの屋台も、賑やかです。


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四条通から、約100m北上しました。
この人混みではちょっとわかりにくいですが、
この先で四条通は錦小路と交差します。

これでまだ回っていない山鉾は、大通りを除けば
錦小路の霰天神山・占出山と
室町通沿いの山伏山・菊水鉾くらいです。
今回はここまでとしますが、次回はそちらを回ります。

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第585回 錦小路の近く~祇園祭前祭散策~その8

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四条通から、新町通を約100m北上しました。
前回ブログで訪れた放下鉾を通り過ぎると、錦小路と交差します。
普段はここまで賑やかではないのですが、(第548回ブログ参照)
祇園祭期間中であることと、そろそろ日暮れが近いことが
この歩行者数を生んでいます。
今回は、ここから烏丸通以西に立つ残りの山鉾をすべて回ります。
撮影日は、2018年7月15日宵々山の日曜日午後5時半。
実は日が暮れたら、この数倍の人出になります。


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新町通から、錦小路を東に向きました。
この辺りは元々呉服問屋さんが多かったのですが、
ここ数十年徐々に飲食店に替わってきています。
(第548回ブログ第549回ブログ参照)
では、向こうに見える霰天神山(あられてんじんやま)に向かいます。


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霰天神山に近づいてきました。
祇園祭の山鉾の中でもかなり人気がある霰天神山ですが、
周囲にも美味しい飲食店が多くて、この辺りは特に賑やかです。
霰天神山の北側に行列ができていますが、
こちらが祇園祭名物浸みだれ肉まん目当ての方々です。
自分も、こちらが大好きですが……この行列を見た途端
毎年購入を諦めています……


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こちらが、霰天神山です。
宵々山(2018年7月15日)の段階で胴掛や水引が掛けられていますが、
ご神体はまだ会所にいらっしゃいます。


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霰天神山の東側で、錦小路を東に向いています。
霰天神山が立っている一のの東隣が、
先程の浸みだれ肉まんを製造販売している
中華料理店「膳處漢(ぜぜかん)ぽっちゃり」です。
人気店なので、祇園祭期間中は満席ですね。


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その膳處漢ぽっちゃりの東隣が、霰天神山の会所です。
では、こちらにお邪魔します。


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先程の霰天神山会所入り口から北上しています。
京町家は門から玄関までの間が
細長い通路になっていることが多いのですが、
これを「ウナギの寝床」と言います。
京町家の民家には、玄関をはさんで
ウナギの寝床と走り庭がつながっている町家も多いですね。
では、こちらを北上して霰天神山の会所に向かいます。


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ウナギの寝床を約20m北上して、霰天神山の会所に入ってきました。
表の霰天神山に賭けられている者とは別に、
こちらにも胴掛が掛かっています。


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胴掛の北側にこちらの床の間があって、
そちらにこちらの鳥居と祠が祀ってあります。
そして、こちらが霰天神山のご神体です。
第583回ブログでお邪魔した油天神山同様に、
こちらも神社自体がご神体です。

確か天明の大火だったと思うのですが、
京都で大火事があった際この周辺だけ霰(あられ)が降ったため、
この神社と町内は例外的に罹災を免れました。
こちらは天神さんですが、それ以降「火除け」の加護があるとされ
火災除けの神社として京都では厚い信仰があります。


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その霰天神山会所で、こちらを買い求めました。
祇園祭の会所では粽や手拭いがよく求められるのですが、
霰天神山ではこのお札が人気があります。
こちらは火災除けのご利益があって、台所によく貼られます。
愛宕神社のお札かこちらのお札かのどちらかが、
京都の町家の台所に貼られています。
ウチやウチの近所とかは、こちらの霰天神山の方を貼っています。


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では、こちらのウナギの寝床を通って錦小路に戻ります。
反対側が混んでいるのは、御朱印を求める方々の行列です。


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霰天神山の前で、錦小路を東に向いています。
右(南)端の行列は、浸みだれ肉まんを買い求める方々です。
とうとう店頭の駐車場からはみ出し、こちらに伸びてきました。


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この東側に南側の四条通へ抜ける路地があるのですが、
こちらに浸みだれ肉まんの行列がびっしり詰まってきました。
そして、この後方30人ほどで浸みだれ肉まんは売り切れました。
そう言って頭を下げておられる店員さんを見て、分かりました。


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霰天神山の前から、錦小路を約20m東に進みました。
人混みで分からないですが、ここで錦小路は室町通と交差します。


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錦小路から、室町通を北に向いています。
後になると京都府警が一方通行にするかもしれないので、
先にこちら側を回っておきます。


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錦小路から、室町通を約50m北上しました。
右(東)側に、京都芸術センターが建っています。
かつての京都市立明倫小学校ですね。
こちらに美味しいカフェがあるのですが、先を急ぎます。
(陽が暮れると、写真が撮れなくなります)


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京都芸術センターの前から、室町通を北に向いています。
こちらに、山伏山が立っています。


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山伏山会所の2Fが開け放たれており、
そちらからご神体浄蔵貴所の像が見られます。

浄蔵貴所は、平安時代に活躍した山伏です。
八坂の塔の傾きを念力で直したそうですが、
史実かどうかは分かりません。


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こちらは、山吹山会所の1F部分です。
山伏山と言えば茅の輪くぐりが有名ですが、
(写真の電柱のポスターにも、書いてあります)
それはここの奥でできます。
こちらでは、夏越の祓いから約2週間後に茅の輪くぐりですね。


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山伏山から、室町通を約70m南下しました。
これで、また錦小路との辻に戻ってきました。


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錦小路から、室町通を南に向いています。
目の前に、菊水鉾が見えますね。


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室町通沿いの四条通と錦小路との間に、菊水鉾が立っています。
菊水鉾は、長刀鉾月鉾と並ぶ祇園祭でもかなり大型の鉾です。
かつてこの辺りに「菊水の井」という名水が出る井戸があって、
その井戸の名を取って、こちらの鉾が作られました。


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午後5時を回って、菊水鉾にも囃手さんが鉾に乗り込まれました。
こちらでも、祇園囃の演奏が始まりました。
実は各鉾で、祇園囃のメロディーが異なります。


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菊水鉾に背を向け、室町通を北上しました。
こちらで、また錦小路と交差します。
この辻の南西角に呉服屋さんがありますが、
そちらでバーゲンセールをしていました。
祇園祭を取り仕切る町衆の多くは、繊維関係の企業です。
(西陣織とか友禅染の卸売業や小売業)
ですから、祇園祭期間中は各企業が所蔵美術品の展示会や
このようなバーゲンセールを行います。

ここの左(西)側にいくと、先ほどの霰天神山です。
真っすぐ(北に)行くと、先ほどの山伏山です。
ですから、次は右(東)側の占出山に向かいます。


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室町通から、錦小路を東に向きました。
こちらに、占出山が立っています。

占出山の前で、吉兆鮎という和菓子が売られています。
昔の日本では戦勝占いはアユ釣りで行われたので、
こちらはその故事を模ったものです。
パンケーキの生地の中に牛皮が入っています。


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その占出山の南側に、占出山の会所があります。
ではこちらの門をくぐり、中に入っていきます。


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錦小路から、占出山会所の門をくぐり南を向いています。
こちらの会所も、「ウナギの寝床」の先にあります。


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占出山会所に入り、占出山の装飾品展示を眺めています。
上部から、アユを描いた水引と三十六歌仙を描いた水引、
日本三景の一つを松島描いた胴掛ですね。


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こちらは、その左隣りの胴掛です。
鮎と三十六歌仙の水引の下は、日本三景の一つ安芸の宮島ですね。


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更に左隣も、やはり日本三景の天橋立を描いた胴掛です。
おそらく、この3幅で1セットなのでしょうね。


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占出山会所のいちばん奥に、一振りの脇差があります。
こちらは占出山のご神体神功皇后の脇に刺される日本刀で、
平安時代の名工三条宗近による国宝御太刀です。
三条宗近の刀で現存するのは20本ほどで、
全て国宝に指定されています。
確か京都市内に現存するのは、こちらが唯一です。


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占出山会所の中央に、こちらの本殿がいらっしゃいます。
実は、こちらは小さな神社です。(元々は、木下順庵の邸宅跡です)
こちらで粽や手拭いが買い求められるのですが、
いちばん奥にご神体の神功皇后がいらっしゃいます。

神功皇后を祀った祇園祭の山鉾は、計3基立ちます。
先祭の占出山と船鉾、後祭の大船鉾がそれに当たりますが、
占出山は新羅への戦勝祈願を表し、
出陣が船鉾、帰陣が大船鉾です。
船鉾と大船鉾は神功皇后像の写真撮影を厳しく禁じていますが、
占出山はそれほど厳しくはありません。
しかしいちばん奥を写真に撮るのは角度的に無理があり、
こちらも神功皇后像を写真に収めるのは事実上不可能です。


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占出山会所から、ウナギの寝床を北に向いています。
では、こちら路北上して錦小路に戻ります。


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占出山会所の門をくぐると、目の前に占出山が立っています。
宵山期間中は、占出山はこの形で展示されています。


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占出山から、錦小路を東に向きました。
目の前で、錦小路は烏丸通と交差しているのですが……
午後6時になると、人が多くてよく分かりません。


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こちらが、2018年7月15日日曜日午後6時の烏丸通です。
午後5時以降四条通と烏丸通にも露店が立ち並び、
午後6時以降四条通と烏丸通は歩行者天国になります。
とは言え、この人出です。
この段階で、既に自動車に例えると「渋滞」が始まっていました。
(陽が暮れたら、さらにさらに人出が増えます)
これで残す山鉾は孟宗山、長刀鉾だけとなりました。
(ほとんど立ち寄っていない函谷鉾にも、立ち寄りたいです)
後はそちらに行くだけですが、今回もだいぶ写真を貼り付けました。
残りは、次回とします。

~次回で、祇園祭前祭山鉾完全制覇です……だといいのですが~

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第586回 「四条烏丸」の山鉾~祇園祭前祭散策~その9

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錦小路から東を向き、目の前の烏丸通を見ています。
このまま約200m東に進めば錦市場に辿り着けるのですが、
この人混みではそうは見えません。
午後6時を過ぎて四条通と烏丸通が歩行者天国となり、
ここからだんだん参拝者が倍々で増えていきます。
今回は「四条烏丸」交差点周辺の山鉾を回り、
地下道から地下鉄に乗って帰宅します。
撮影日は、2018年7月15日宵々山の日曜日午後6時。
今回で、2018年祇園祭前祭宵々山全山鉾散策が完了します。


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錦小路から、烏丸通を南に向いています。
先述の通り烏丸通は車道まで人でいっぱいなのですが、
歩道もこのような混雑状態です。
日が沈むにつれ、浴衣の割合が増えてきましたね。

この先に、孟宗山が見えます。孟宗山会所も、その近くです。
先ずは、そちらにお邪魔します。


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こちらが、孟宗山です。
孟宗は、三国志演義の終盤に登場する呉の文官です。
母親をとても大切にし、日中韓では親孝行の代名詞です。
母親の喪に服するために出兵を拒否し、処刑寸前まで行きました。
(陸遜が庇ったために、一命をとりとめました)
この山は、その孟宗が母親に筍を食べさせるために
雪山の彷徨うエピソードから取材しています。
(竹の一種「孟宗竹」の名前の由来になったお話です)


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孟宗山の東側に、孟宗山の会所があります。
ではこちらの「ウナギの寝床」を通り抜け、会所に向かいます。


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こちらが、孟宗山の会所です。
南側のビルに面する部分に、孟宗竹が植えてあります。


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孟宗山の会所内には、孟宗山の胴掛が飾ってあります。
平山郁夫画伯による胴掛は、約10年前に新調されたものです。


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こちらの社の奥に、ご神体の孟宗像がいらっしゃいます。
こちらにお参りして、先を急ぎます。


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孟宗山を出て、烏丸通を南を向いています。
では、こちらを南下していきます。


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大垣書店とマクドナルドが入っているビルの南隣が、
「四条烏丸」交差点北西角のLAQUE四条烏丸です。
こちらの2Fにあるスターバックで充電できますが、
まだまだカメラの電流量が残っているので、
こちらには立ち寄らず車道に出ます。


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「四条烏丸」交差点中央に、徒歩で立っています。
普段なら自動車に乗っていない状態では不可能なのですが、
その辺は祇園祭ならではです。
ただ歩行者と言えども、左側通行など
自動車の交通ルールは守らないといけません。


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烏丸通から、四条通を西に向いています。
左側通行で、完全に自動車のように移動しています。
手前に見えるのは函谷鉾で、向こうに見えるのは月鉾です。


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烏丸通から、四条通を約50m西に進みました。
函谷鉾には第580回ブログでも訪れましたが、
その時は遠くから眺めているだけでしたので、
この機会にこちらに再訪します。


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午後6時を回ったところで、函谷鉾が祇園囃の演奏が始まりました。
囃手さんの笛や太鼓・鈴の音が、通りに響きます。
祇園囃はそれぞれ違いますが、
この函谷鉾のものがいちばん有名ですね。


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ゆっくり歩いて、函谷鉾の脇を通り過ぎます。
演奏を終えた囃手さんたちが、
周囲にいたカメラマンに手を振られています。

長安~洛陽間の函谷関と言えば
三国志演義の方がエピソードが多いのですが、
函谷鉾は司馬遷の史記に出てくる孟嘗君
鶏の鳴き声によって函谷関を抜け出す故事による鉾です。


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函谷鉾の脇から、四条通を西に向きました。
この先に月鉾が立っていますが、580回ブログで上に登りました。
ですから、そこまでは進みません。
この辺で、四条通は室町通と交差します。


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烏丸通から四条通を西に約100m進み、南を向きました。
ちょうど四条通から、室町通を南に向いています。
明らかに、3時間前より人出が増えています。
ずっと向こうには、鶏鉾が見えています。


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室町通で、四条通の歩行者は東向き車線に移ることができます。
四条通東向き車線に移る途中、北に伸びる室町通を撮りました。
向こうに見えるのは、前回ブログで訪れた菊水鉾です。


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室町通で、四条通を東に向いています。
では、また函谷鉾の前を通り過ぎます。


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そして、再び函谷鉾の前を通り過ぎます。
かなりの数のカメラマンがいらして、
囃手さんがあちこちに手を振っていますね。


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函谷鉾前を通り過ぎて、四条通を東に進んでいます。
ここで四条通は、烏丸通と交差します。


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四条通から、烏丸通を南に向いています。
約200mが、祇園祭前祭散策を始めた「仏光寺烏丸」交差点です。


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今度は四条通から、烏丸通を北に向きました。
約100m先に、先ほどの孟宗山が見えます。
こうして見ると、先ほどより人出が増えてきたのが分かります。


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さらに、烏丸通から四条通を東に向いています。
こちらに、2018年祇園祭前祭散策で最後に回る長刀鉾が立ちます。
長刀鉾の鉾先は、邪気を切り払う長刀が取り付けてあります。
刃先が、絶対に八坂神社の方角を向かないようになっています。


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烏丸通から、四条通をさらに東に向かっています。
だんだん長刀鉾が近づいてきました。



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長刀鉾の西側にテントが立っていて、こちらが会所のようです。
粽や手拭いは、こちらで購入します。
そして、いよいよ長刀鉾の前にやって来ました。


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長刀鉾の前にやって来ました。
こちらも鉾の上に、囃手さんが乗っていらっしゃいます。
ちょうど演奏が始まったところのようで、
祇園囃を聞きながらちょっと陽気に足を進めます。


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こちらが、長刀鉾です。
祇園祭神輿巡行の前に行われる山鉾巡行の先頭に立ち、
天頂部の長刀の刃先で周囲の邪気を切り払います。


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長刀鉾の脇で、四条通を東に向いています。
ここより東の四条通に、もう山鉾は立ちません。
では目の前の東洞院通を越えて、さらに東に進みます。


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大丸京都店の前に、市バスの「四条高倉」バス停があります。
その天井部分から、ミストが出ています。
もう日暮れが近いのですが、この日(2018年7月15日) は暑く
歩行者天国に市バスはやって来ないのですが、
たくさんの方々がこちらに集まっておられました。


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そのバス停の前で、四条通を東に向いています。
目の前で高倉通と交差しますが、さらに四条通を東に進んでみます。


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その高倉通から、四条通を約400m東に進みました。
四条通は、ここで寺町通と交差します。


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「四条寺町」交差点南東角に、八坂神社御旅所がいらっしゃいます。
祇園祭前祭の最後、八坂神社を出発した神輿は
あちこち徘徊された後こちらに来られます。
では、こちらにもお参りまします。


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「四条寺町」交差点南西角に、藤井大丸があります。
では、こちらの地下食料品売り場で晩ごはんを買って
烏丸通まで四条通を地下道を通り、
地下鉄に乗って帰宅します。

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第587回 2018祇園祭後祭宵山散策 短縮版

[祇園祭後祭] ブログ村キーワード
前回ブログで2018年祇園祭前祭散策を終えました。
ここから新しい連載を始めたかったのですが、
今年(2018年)は急な仕事が入ったため
予定していた五条坂の陶器祭に行けなくなりました……
まぁ7月下旬にはこうなることが分かっていたので、
この時期用の撮影をその頃には済ませておきました。
では、ここから祇園祭後祭宵山散策を始めます。
初めから最後まで、自転車で回れば30分といったところです。


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自転車でウチから鴨川東岸川端通を北上し、松原通で左折し西進。
河原町通で、高辻通にズレてさらに西進。
高辻通を烏丸通まで来たら、再び北上しました。
「四条烏丸」交差点を通過してさらに烏丸通を北上すると、
錦小路を越えた辺りに、こちらの御手洗井があります。
こちらは普段は閉鎖されていますが、
祇園祭期間中のみ開放されています。
撮影日は2018年7月23日月曜日午後6時。
では、こちらから祇園祭後祭散策を始めます。


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ですから、祇園祭期間中でないならここまで入れません。
地下から湧き出すこの水が、御手洗井という井戸です。
こちらの湧水は、御手洗町の町衆が管理しています。


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こちらは、帰りに再訪して汲み上げた御手洗井の水です。
まぁ、こうして見るとただの水です。
この後持ち帰って、抹茶などにして飲みました。


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御手洗井の前で、烏丸通を北に向いています。
まだこの烏丸通を北上していきます。


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烏丸通を蛸薬師通まで北上して、西を向きました。
向こうに、祇園祭山鉾町を示す提灯が立っています。
では、ここから祇園祭後祭の各山鉾を回ります。


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烏丸通から蛸薬師通を西に進むと、すぐにこちらが見えます。
祇園祭後祭山鉾巡行の先頭を行く橋弁慶山の会所ですね。


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こちらは、その会所の2F部分です。
ご神体の武蔵坊弁慶源義経の像ですね。


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そして、その西側に橋弁慶山が立っています。
まだ胴掛などは付いていません。


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烏丸通から、蛸薬師通を西に約100m進みました。
ここで蛸薬師通は、室町通と交差します。


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蛸薬師通から、室町通を北に向きました。
この左(西)側で、「神蔵」という日本酒が売られています。
(コップ1杯500円。鯉山のお神酒です)
ゆっくり回るなら買い求めるのですが、
今回は短縮版なのでこのまま通過します。


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蛸薬師通から、室町通を約70m北上しました。
右(東)側に、鯉山の会所が見えます。
左甚五郎によるご神体とベルギー製タペストリーによる胴掛という
二つの重要文化財がとても人気で、いつも長蛇の列ができます。
そのため、今年(2018年)は素通りします。


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蛸薬師通から、室町通を約120m北上しました。
こちらで、室町通は六角通と交差します。


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室町通から、六角通を東に向きました。
烏丸通に出るまでに、こちらに浄妙山が立っています。
宇治川の戦いで先陣争いに負けた浄妙をモデルにしています。
ただ今回は短縮版ですので、そちらまで行きません。


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六角通から、室町通を北に向いています。
では、目の前の黒主山に向かいます。
黒主山の右(東)側に、会所があります。


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こちらが、黒主山です。
桜を見上げる大友黒主が祀られますので、桜の造花が目印です。


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黒主山の北側に、帯問屋の誉田屋源兵衛があります。
毎年この時期に、店頭で大きな鯉の垂れ幕が掛かります。
これは木村英輝氏の作品で、毎年鯉が一匹ずつ描き足されています。


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その鯉の垂れ幕の前で、室町通を北に向きました。
ここで、室町通は三条通と交差します。


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室町通から三条通を西に進むと、すぐ鷹山会所に行き当たります。
こちらは、江戸時代の大雨以来休み山です。
つまり山鉾巡行には参加しなかったのですが、
数年後の復帰を目指しています。


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鷹山会所の前から、室町通に戻ってきました。
三条通から、室町通を北に向いています。
では、こちらを進んでいきます。


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三条通から、室町通を約50m北上しました。
右(東)側に、手拭い屋さんの永楽屋があります。
こちらで手拭いによる美術館があるのですが、
今回は短縮版なので中に入りません。


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その北側に、役行者山が立っています。
この日(2018年7月23日)の午後2時に、
聖護院の修験者による護摩焚きが行われました。
(第138回ブログ参照)


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役行者山の北側で、室町通は姉小路と交差します。
では、ここから姉小路を東に進みます。


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室町通から姉小路を約100m東に進み、南を向きました。
こちらに、鈴鹿山が立ちます。
戦女神の鈴鹿権現を祀っています。


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烏丸通から姉小路を約100m西に進み室町通に戻り、
姉小路をさらに約100m西進しました。
(合わせて、約200m西に進みました)
姉小路から、新町通を南に向いています。
では、ここから新町通の山鉾を見て回ります。


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姉小路から、新町通を約130m南下しました。
新町通は、三条通と交差します。向こうに、八幡山が立っています。
左(東)側は、京都屈指の洋菓子店トゥレ・ドゥーですね。
こちらで、2011年以来飴細工の露店を出していました。
ここのご主人は確か飴細工でチャンピオンになられた方なので、
(フランスの洋菓子コンペティションでの話です)
当時は結構その露店が流行っていました。


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三条通から、新町通を南に向いています。
次は目の前の八幡山に向かうのですが……
手前の商家に人だかりができています。
先に、こちらにお邪魔します。


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その商家の窓越しに、屋内が覗けます。
祇園祭宵山期間中には、
このように山鉾町の各商家が持宝を展示します。
これが京都の町衆の伝統だったわけですが、
バブル崩壊以後そのような消化が激減して、
今では新町通沿い中心にわずかに残るのみです。


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一方、こちらは向かい(西)側の商家の持宝です。
墨絵の屏風が、見事ですね。


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こちらは、その左側の屏風です。
小さな錦絵を何枚の貼り合わせてあるようです。


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それらの商家から、新町通を南に向きました。
では、こちらの八幡山に向かいます。
この脇に祀られている八幡神社がご神体です。
祇園祭前祭の油天神山や霰天神山と同じですね。


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八幡山の南側の商家でも、このように書画を展示していました。
実はこの辺りの町衆がいちばん持宝展示を行っていて、
この辺りの持宝展示を特に「屏風祭」と呼んでいます。


587-32.jpg
八幡山から、さらに南に向きました。
ここで新町通は、六角通と交差します。
では、ここから向こうに見える北観音山に向かいます。


587-33.jpg
こちらが、北観音山です。
2基並ぶ観音山のうち、北側の方ですね。
こちらは松を中央に立てる「山」なのですが、
大きさは「鉾」と変わらない「曳山」です。
後祭に「鉾」は出ないので、
翌日の山鉾巡行で辻回しがあるのは南北の観音山だけです。
(休み山の鷹山も曳山なので、復帰するとこちらも辻回しがあります)


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北観音山から、新町通を南に向いています。
この辺りも商家が多く、八幡山周辺同様屏風祭が行われています。


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さらに南に進むと、蛸薬師通を越えました。
その蛸薬師通から、新町通を南に向いています。
この辺りにも商家が多く、屏風祭が続いています。
次は、この南側の南観音山に向かいます。


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こちらは、和装雑貨のくろちくです。
南観音山周辺にはこのようなお店が多く、
祇園祭期間中はバーゲンセールを開催しています。
それが、祇園祭のもう一つの姿です。


587-37.jpg
こちらが、南観音山です。
祇園祭の前祭と後祭の山鉾は蛸薬師通で分かれるのですが、
北観音山と関係の深い南観音山と
後祭山鉾巡行の最後を進む大船鉾だけは、
多胡泰樹通以南でも後祭に立ちます。


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南観音山を見上げています。
ちょうど囃手さんが山に登って、祇園囃演奏中でした。


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南観音山の南側に、こちらが展示されていました。
ショウウィンドウに、扇が並んでいます。


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先程の位置で南を向きました。ここで新町通は錦小路と交差します。
この辺りは第585回ブログ冒頭の位置ですが、
後祭期間中には何も立ちません。


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錦小路から、新町通を南下しています。
露店は開いていませんが、この辺りの飲食店は賑わっています。
前祭同様割烹屋さんの「いち」は開店していて、
並ぶ人がいらっしゃるくらい賑わっていました。
名物のハモバーガーも健在です。


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「いち」の前で、新町通を南に向いています。
前祭ではこの辺りに放下鉾が立ちますが、
後祭のこの日には何も立ちません。


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錦小路から新町通を約100m南下し、四条通との交差点に出ました。
後祭期間中は、大通りの通行止めは一切ありません。
向こうに大船鉾が見えますが、
これで祇園祭後祭全ての山鉾を散策しました。
現在2018年7月23日月曜日午後6時半。
自転車を飛ばせば、約30分で完了しました。

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第588回北観音山辻回し~祇園祭後祭山鉾巡行2018~前編

[北観音山] ブログ村キーワード

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前回ブログの翌日、午前9時には自転車で家を出ました。
そして鴨川東岸沿いの川端通を北上し、御池通で西に折れました。
さらに川端通から御池通を約200m進むと、
「御池河原町」交差点南東角に出ます。
その辺りの駐輪場に自転車を停めて、
そのまま「御池河原町」交差点南東角に陣取ります。
前祭は反時計回りですが、
祇園祭後祭山鉾巡行は時計回りですので、この位置がベストです。
では、先ずは場所取りから始めます。
撮影日は、2018年7月24日火曜日午前10時。
もうちょっと、ゆっくり来ても良かったようでした……


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「御池河原町」交差点南東角に、
地下鉄東西線「京都市役所前」駅へ下る階段があります。
(地下街のZest御池への階段でもあります)
また、左側に現在は更地の京都信用金庫河原町支店跡があります。
(現在は改築中です。仮店舗が麩屋町通沿いにあります)


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現在2018年7月24日火曜日午前10時05分です。
まだ自動車は、河原町通を往来しています。
場所取りに勝つために、早い目に撮影ポイントに付きました。
「御池河原町」交差点南東角から対角線上の北西角を撮っています。
こちらの建物が、京都市役所です。
手前の交差点上に、テレビカメラのための鉄塔が作られていますね。
撮影は、地元TV局のKBS京都が行っているのでしょうか?


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自分が付いた撮影ポイントから、真北を向きました。
向こうに、「御池河原町」交差点北東角にある
京都ホテルオークラが見えます。
御池通は、午前10時前から自動車は通行止めになっていました。


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京都信用金庫河原町支店跡の前で、AEDを担がれた消防士と
夏服姿の男性が、話されています。
多分、山鉾巡行のこまごました話をされているのでしょうね。


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すると京都信用金庫河原町支店跡の鉄扉が開いて、
中から桶を片手に夏服姿の男性が、10人前後出て来られました。
彼らは、皆「御池河原町」交差点に集結されました。


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一方、その頃(午前10時15分頃)の「御池河原町」交差点です。
そろそろ自動車が通行止めのようです。
ただ、まだ歩行者は交差点をうろうろされていました。


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こちらが、自分の撮影ポイントの北東側です。
交通警官の後ろに、規制線が張られています。
多分その後方も撮影用の場所になるのでしょうが、
今はこの場所を動かないようにしています。


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先程の京都信用金庫河原町支店跡から、ホースが出てきました。
こちらは、このまま「御池河原町」交差点中央まで伸びます。


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京都信用金庫河原町支店の行員さんたちが、
ホースを「御池河原町」交差点まで引っ張っていかれます。
交差点で桶を持って待たれておられる行員さんに
こうして水を運ばれます。


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この時点(10時半)で、御池通を西に向きました。
寺町通付近でしょうか、北観音山が待機していますね。


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さらに10分後、撮影ポイントから背後(東側)を撮りました。
規制線の背後に、プロとアマチュアのカメラマンが集結しています。
だんだん山鉾巡行らしくなってきました。


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そして10時50分頃、交通警官が目の前に規制線を張られました。
実はこの辺りの方々が車道にはみ出て、再三警告を受けていました。
この辺りは山鉾の曳き手さんが通られるので、
車道にはみ出ていると山鉾巡行に巻き込まれてしまいます。


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そうこうして、2018年7月24日午前11時ごろ。
祇園祭後祭山鉾巡行先頭が「御池河原町」交差点に入ってきました。


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山鉾巡行の先頭は、「祇園会」と書かれた幟(のぼり)です。
祇園会(ぎおんえ)とは、祇園祭の別称です。


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ここまで東進した「祇園会」の幟が、交差点中央で南に折れます。
そして、このまま河原町通を四条通まで南下します。


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いよいよ後祭の山鉾が、入ってきました。
後祭山鉾巡行の先頭は、くじ取らずの橋弁慶山です。
武蔵坊弁慶牛若丸による五条橋の決闘を表しています。


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橋弁慶山が、「御池河原町」交差点中央まで来ました。
ここで、担ぎ手の方々が橋弁慶山を自分の頭まで掲げ上げました。


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橋弁慶山の担ぎ手さんは、掲げ揚げたまま90°南に折れました。
そして、その位置で橋弁慶山を下ろされました。
これが、担ぎ山の「辻回し」です。
鉾や曳山より小規模の担ぎ山の辻回しは、30秒ほどで終わります。


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そして、橋弁慶山が河原町通を南下していきます。
黒い肌の武蔵坊弁慶と牛若丸の雄姿が、よく分かりますね。
この橋弁慶山も、四条通まで南に進みます。


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橋弁慶山の後を山鉾町の町衆の方々が、続いて歩かれていかれます。
祇園祭山鉾巡行では、前祭でもよくある光景ですね。


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橋弁慶山の続いて、北観音山の登場です。
こちらもくじ取らずなので、最初から順番が決まっています。


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こちらが、北観音山です。
松が中央に立つ「山」ですが、
高くて大きいので鉾のように曳き手がいらっしゃいます。
山の底から竹を出し、町衆の方々が抱えておられますね。


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北観音山の曳き手の皆さんが、
その竹を交差点の路上に並べていかれます。
そして、京都信用金庫河原町支店の行員さんが用意された桶の水を
山の滑りをよくするためにその竹の上に撒かれます。


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一方、北観音山の曳き手の皆さんが
「御池河原町」交差点を通り過ぎても東に進まれて
自分の目の前を通り過ぎていかれます。
ですから、交差点前にいらしたプロのカメラマンが
慌ててその場から撤収されています。


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北観音山の曳き手の皆さんが、
自分の背後の規制線の手前まで来られました。
こうすることで、北観音山が交差点の中央までやって来ました。
ちょうど並べられた竹の前で、北観音山が停止しました。


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北観音山町衆の皆さんが、車輪の南側に竹を並べていかれます。
それが1本並べ終わる度に、車輪の滑りをよくするために
先程の桶の水をさらに大量に撒かれます。
桶の水がなくなるたびに、京都信用金庫河原町支店の行員さんが
新たに水を満たした桶を町衆の許へ運ばれていきます。


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辻回しのために竹を並べられるのは、1回に約10分掛かります。
その間、北観音山の囃手さんは勇壮な曲を演奏されます。
祇園囃は山鉾ごとに異なりますが、
このような辻回しの際にも別の曲を演奏されます。


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竹を並べ終わると、曳き手の皆さんが河原町通に移動されます。
さて、いよいよ辻回しが始まります。
扇を持たれた山の先頭に立たれた4人の町衆が掛け声を発します。


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同じ位置から、少し引いた写真です。
曳き手の皆さんが、90°南に折れた位置で引っ張ることで
強引な方向転換を図ります。
このことを祇園祭では「辻回し」と言います。


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扇を持たれた町衆が、扇を左側に傾けておられます。
ここで、辻回し独特の掛け声「エイヤラヤ~」と
その町衆が大声で叫ばれます。


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その町衆が掛け声とともに、扇を前に差し出しました。
それを合図に曳き手の皆さんが、北観音山を90°南から曳きました。
すると、北観音山がズルズルと南へ曲がりだしました。


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北観音山の車輪が、竹の上を滑っていきます。
北観音山は、そのまま南へ60°曲がったところで停止しました。
実は一気に90°曲がると転倒の危険があるので、
通常この辺りで停止します。


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北観音山が停止すると、町衆の皆さんが竹の位置を直されます。
もちろんまた大量の水が必要となるので、
京都信用金庫河原町支店の行員さんが忙しく桶を運ばれていました。
よく見ると、後方に次に巡行される黒主山が並んでいます。


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竹を再び並び終えると、扇片手の町衆が
「エイヤラヤ~」とまた大声で叫ばれました。
するとまた北観音山が回りだし、南を向いた時点で停止しました。


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これで、北観音山の辻回しが終了しました。
ここで使われた竹は、北観音山の底部に収められます。


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北観音山底部に竹が収められると、
祇園囃の曲調が落ち着いたものに変わります。
その直後に扇を持たれた町衆が「エイヤラヤ~」と声を掛けると、
北観音山が河原町通を南下し始めました。


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北観音山が、「御池河原町」交差点から去っていきます。
次は1番くじを引いた黒主山が入ってくるのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
今回は、ここまでです。

~次回は、後祭天鉾巡行の残りを紹介します~

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第589回鯉山も回ります~祇園祭後祭山鉾巡行2018~中編

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2018年祇園祭後祭山鉾巡行も、北観音山の辻回しが終わりました。
今までは「くじ取らず」の山ばかりでしたが、
ここからはくじを取った(毎年順番が変わる)山が並びます。
撮影日は、2018年7月24日火曜日午前11時半。
2018年は、7月いっぱい体温(37℃)以上の気温でした。


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前回ブログの北観音山に続いて、後祭山3番黒主山が
「御池河原町」交差点に入ってきました。
くじを引いた中では、こちらが1番です。
謡曲「志賀」に取材した桜を見上げる大友黒主がご神体です。


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黒主山が、「御池河原町」交差点に入ってきました。
中央まで来ると、担ぎ手の皆さんが黒主山を持ち上げました。


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そして、このまま黒主山を担ぎ手の皆さんが南に向かせます。
大きな曳山と異なり、小さな担ぎ山は派手な辻回しはありません。
と思っていたのですが……


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黒主山の担ぎ差の皆さんは、そのまま回りだしました。
この位置からでも、真後ろの見送りがよく見えます。


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そして、黒主山が1周回ります。
担ぎ山のいくつかは、このようにアドリブで回転します。


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黒主山はさらに回転して、真正面を向きました。
桜の造花と大友黒主像が、よく見えますね。


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さらに、黒主山が回り続けていきます。見送りがよく見えますね。
黒主山は、このまま合計3周回りました。


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そして、黒主山が3周回り南に向くと、
担ぎ手さんたちは黒主山を地面に下ろしました。
ここから黒主山は南進し、「御池河原町」交差点から去ります。


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続いて、鯉山が登場します。
登龍門(鯉が滝上りして、龍となる故事)が元になった山です。


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鯉山が、「御池河原町」交差点中央に入ってきました。
こちらも、担ぎ手さんたちが鯉山を持ち上げます。


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鯉山を担ぎ手さんたちが持ち上げて、南へと向きを変えました。
ここで鯉山を下ろすと思いきや、またも……


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黒主山に続いて、鯉山も回転し始めました!
イーリアス」を描いたベルギー製のタペストリーを
箟(のみ)で切り裂いて製作した見送り(山鉾後部の垂れ幕)は、
胴掛と共に重要文化財に指定されています。


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鯉山は、さらに回転し続けます。
この角度だと、ご神体の左甚五郎作鯉像がよく見えます。
こちらも、重要文化財に指定されています。
鯉山はこの二つの重要文化財見たさに、
宵山などにはたくさんの人だかりができています。


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鯉山は、まだまだ回り続けています。
ちょうど正面が、こちらを向いています。
鯉山の胴掛もその上に掛かる水引も、
「イーリアス」のタペストリーの残りの部分から作られています。
こちらも、先ほどの見送りとセットで重要文化財です。


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鯉山も、3周回りました。
その後鯉山が南に向いた際に、担ぎ手さんたちが下ろしました。
そして、鯉山はそのまま河原町通を南下していきました。


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鯉山の直後を荷茶屋(にないちゃや)が通り過ぎます。
要するに、鯉山の担ぎ手さんたちの道具などを運んでいます。
こちらのものは下に車が付いているので、持ち上げません。


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続いて、鈴鹿山の登場です。
ご神体は、戦女神の鈴鹿権現を祀っています。
滋賀県と三重県の県境にある鈴鹿山脈の所以でもあります。


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鈴鹿山が、「御池河原町」交差点の中央に入ってきました。
やはり担ぎの皆さんが、鈴鹿山を持ち上げます。


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鈴鹿山の担ぎ手さんたちは南に向くと、
回転することなくそのまま鈴鹿山を地面に下ろされました。
そして、そのまま河原町通を南下していきました。


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鈴鹿山の後を鈴鹿山の荷茶屋が続きます。
こちらも、大きくて車が付いています。


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そして、鈴鹿山の後ろから一際大きな曳山が現れました。
こちらは、山6番くじ取らずの南観音山ですね。


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南観音山が、「御池河原町」交差点に近づいてきました。
すると、先に町衆が竹を持って交差点に入って来られました。
辻回しの下準備が始まるようです。


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一方、南観音山は「御池河原町」交差点に入ってきました。
曳き手の皆さんが交差点を越えて、自分の前も越えていきます。


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そうして、南観音山が「御池河原町」交差点中央に来ました。
その位置で、南観音山が一旦停止します。


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その南観音山の車輪横に、竹が敷き詰められていきます。
また、南観音山の曳き手の皆さんは河原町通に移動されました。


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南観音山の辻回しの準備の間、その上部を撮りました。
囃手さんが、祇園囃を奏でていますね。
飛天を描いた紅い水引が、お昼前の日光に映えます。


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南観音山車輪脇の竹が敷き詰められたようです。
音頭取り(山の先頭に乗って、方向指示を行う方々)が
扇子を横に振り上げ、いよいよ辻回しが始まります。


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音頭取りの「エイヤラヤ~」という掛け声とともに、
南観音山が車輪脇の竹の上を滑っていきます。
約60°ほど南に曲がった地点で、1回目の辻回しが終わりました。


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南観音山車輪脇の竹が、また敷き詰め直されていきます。
京都信用金庫河原町支店の行員さんが汲み上げた桶の水が、
滑りをよくするために竹の上に何度も撒かれていきます。


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南観音山車輪脇の竹が敷き詰め直されて、
「御池河原町」交差点2回目の辻回しが始まります。
音頭取りが掛け声を掛ける前に、扇子を振り上げられます。


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南観音山の音頭取りが、扇子を構えられました。
そして、「エイヤラヤ~」と掛け声が響きます。


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掛け声と同時に、音頭取りが扇子を前に付きだされました。
それに合わせて、曳き手の皆さんが河原町通側から
南観音山を一斉に引っ張られました。


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南観音山は竹の上を滑り、河原町通に向いた時点で停止しました。
南観音山の辻回しは、2回で90°曲がり切りました。
御池通の西側を見ると、次の役行者山が順番待ちをしています。


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南観音山の裾幕に、竹が仕舞われていきます。
これを片付けたら、南観音山の辻回しは完全に終了です。


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辻回しが終わると、南観音山囃手が演奏される曲調が変わります。
音頭取りが山の前で、前後に揺れながら扇子を振り上げられます。


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「エイヤラヤ~」という掛け声とともに、
南観音山の音頭取りが扇子を前に付きだされました。
すると、南観音山がゆっくりと南下し始めました。


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南観音山が、「御池河原町」交差点を去っていきます。
もう次の役行者山が見えていますが、
今回もだいぶ写真を貼り付けました。
ここから先は、次回とします。
……って、2回で山鉾巡行が書けませんでした!

~次回は、残りの山鉾全て載せます~

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第590回 人の波渡る大船鉾~祇園祭後祭山鉾巡行~後編

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祇園祭後祭山鉾巡行も、佳境に入ってきました。
山6番くじ取らずの南観音山が「御池河原町」交差点を去り、
代わりに次の役行者山の姿が見えます。
今回は、残りの後祭山鉾巡行全てを載せます。
撮影日は、2018年7月24日火曜日正午。
今回で、やっと2018年祇園祭の記事の全てが終了します。


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こちらが、山7番役行者山です。
ご神体は、葛城神・役小角・一言主です。
日本の密教や山岳信仰・修験道など神仏習合と関わりのある山です。


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役行者山の幟と山の間で聖護院の修験者が参列されています。
役行者山と聖護院の修験者の御縁は深く、
山鉾巡行の前日の宵山(7月23日)午後2時から、
毎年京都市中京区役行者山町で、
聖護院の修験者が祈祷されます。
その際、聖護院の修験者は般若心経の読経と共に
「南無 祇園牛頭天王」  「南無 神変大菩薩」
と唱えられます。(第139回ブログ参照)
牛頭天王は祇園祭の主神で、素戔嗚尊とよく同一視されます。
一方、神変大菩薩は役小角の仏としての名前です。
このような文言が残っていることからも、
祇園祭と聖護院の修験者の関わりの深さが窺い知れます。


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そして、役行者山が「御池河原町」交差点に入ってきました。
役行者山が交差点中央に入ってくると、
担ぎ手の皆さんは役行者山を持ち上げられました。


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役行者山が、南に向きました……
と思ったら、こちらに来られたいくつかの山同様に
交差点の中央でまたまた回転しだしました。


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役行者山が回転して、真後ろを向きました。
こちらから見ると、見送りがはっきり見えますね。


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さらに、役行者山が北を向きました。
役行者山は、まだまだ回転し続けます。


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役行者山が、こちらを正面に向きました。
この角度だと、役小角像初めご神体がよく見えます。


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そして、役行者山が南を向きました。
すると、担ぎ手の皆さんが役行者山を地面に下ろされました。


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「御池河原町」交差点から、役行者山が南下します。
その後から、荷茶屋(にないちゃや)が通り過ぎました。
要するに、荷物が入った容れ物ですね。
その後から、浄妙山が続きます。


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こちらは、浄妙山の上の方です。
浄妙山は、宇治川の戦いで一番名乗りをしようとした浄妙が
一来法師に頭を越されて、一番名乗りを逃した様子を表しています。
(かつて日本の戦では、最初に名乗りを上げた者は褒美が貰えました)
浄妙の頭の上に、一来法師が乗っかる変わったご神体です。


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浄妙山が、「御池河原町」交差点の中央に入ってきました。
すると、担ぎ手の皆さんが浄妙山を担ぎ上げました。


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そして浄妙山が南を向くと、
担ぎ手の皆さんは浄妙山をそのまま地面に下ろされました。
どうやら、この山は回転されないみたいです。
……と言いますか、この山が回転したら
一来法師像の腕が折れてしまいそうな気がします。


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浄妙山の後は、山9番八幡山の登場です。
京都市中京区三条町に祀られる八幡神社の祠が、ご神体です。


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八幡山が、交差点の中央に入ってきました。
すると、担ぎ手の皆さんが八幡山を持ち上げました。


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八幡山も南を向くと、そのまま地面に下ろされました。
大きな山鉾が辻回しする直前の小さな山は、
このように回転されない場合が多いですね。


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そして八幡山の後は、山10番くじ取らずの大船鉾です。
前祭の山鉾巡行の最後尾は船鉾なのですが、
この後祭の最後尾は大船鉾です。
どちらもアマノトリフネを表していますが、
大船鉾は日本への帰還を表しています。


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大船鉾の曳き手の皆さんが「御池河原町」交差点を通り過ぎ、
こちらの方に来られました。
大船鉾の船首は毎年交互に取り付けられるのですが、
今年は龍神のようです。
(昨年は、紙垂が取り付けられていました)


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「御池河原町」交差点に、大船鉾が入ってきました。
交差点の中央近くに入ってきて、大船鉾が停止しました。
京都市下京区四条町を表す「四」の紋が見えますね。


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大船鉾曳き手の皆さんが、御池通から河原町通に向かいました。
大船鉾の車輪脇に竹を敷き詰められ、辻回しの準備が終わりました。


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いよいよ大船鉾の辻回しが始まります。
音頭取りの方々が、扇を振り上げられます。


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音頭取りの方々が、「エイヤラヤ~」と声を掛けられます。
そして、扇を前に突き出されました。


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その掛け声を合図に、曳き手の皆さんが南側から大船鉾を曳きます。
すると大船鉾は竹の上を滑り、30°ほど南に曲がりました。


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大船鉾は、ここからまた辻回しの準備に入ります。
車輪脇に新たに竹が敷き詰められていきます。
そして、滑りをよくするために竹に水が撒かれています。


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再び音頭取りの方々が、「エイヤラヤ~」と叫ばれます。
すると、また曳き手の皆さんが南側から大船鉾を曳かれます。


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そして、大船鉾がさらに30°ほど南にズレました。
大船鉾はここで停止しました。あともう1回辻回しが必要ですね。


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更に大船鉾は、辻回しの準備に入ります。
車輪脇の竹が敷き詰め直されて、その上に水が撒かれます。


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そして3度「エイヤラヤ~」の掛け声が響きます。
すると、曳き手の皆さんが南側から大船鉾を曳かれました。


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そうして大船鉾が竹の上を滑っていき、真南で停止しました。
こうして、大船鉾が約90°曲がりました。


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大船鉾の辻回しが終わりました。
辻回しで使われた竹が裾幕内に仕舞われた後、前進するため
音頭取りの方々が、「エイヤラヤ~」と掛け声を発せられました。


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大船鉾が河原町通を南下し、「御池河原町」交差点を去ります。
これで2018年の祇園祭後祭山鉾巡行が
全て「御池河原町」交差点を通り過ぎました。
その後から御池通を一般車両がやって来ました。


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急いで「御池河原町」交差点が、撤収作業に入ります。
京都信用金庫河原町支店の行員さんが、
水の入った桶や長いホースを片付けていかれます。


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撮影ポイントから、御池通を東に向きました。
規制線が外されて、撮影されていた方々がもういません。
一般車両が、御池通を通行できるようになってきました。


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すると、「御池河原町」交差点の信号が復活しました。
先ずは歩行者が交差点を行き来します。


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一方、自分は「御池河原町」交差点の駐輪場に向かいます。
そして、寺町通経由で帰宅しました。

これで、2018年祇園祭後祭山鉾巡行の連載を終えます。

~次回から、夏休み中の京都市内散策を載せます。
2018年は京都駅前から島原に向かいました~

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第673回 2019祇園祭前祭山鉾巡行は辻回し中心~その1

2019年も、いよいよ祇園祭が始まりました!
2019年の「京の道 今日の道」では、
宵山は2016年以来の後祭を取材します。
そういう年は、必ず前祭の山鉾巡行も取材するのですが……
2019年も朝から「河原町御池」交差点で取材しました。
梅雨とは思えない炎天下で、しっかり熱中症になりました……


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自宅から七条通に出て、(ちょっとマクドナルドに寄って)
川端通を鴨川沿いに北上して御池通で西に曲がりました。
こちらは、「河原町御池」交差点南東角の駐輪場です。
(京都市街地では、大きな交差点ごとに駐輪場があります)
ここに自転車を駐輪して、2019年祇園祭山鉾巡行取材を始めます。
撮影日は、2019年7月17日午前9時半。
場所取りのために、ちょっと早い目に来たのですが……


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駐輪場から、西を向きました。
向こう(西側)に「河原町御池」交差点が見えますが、
既にそこそこ混み合っています。
左(南)側の塀の向こうは改築中の京都信用金庫河原町支店ですが、
2018年後祭同様大量の水道水を提供されています。
(辻回しには、多量の水が必要です)
横断歩道の信号がなかなか変わりませんので、
目の前の階段を利用してZEST御池経由で北側に移ります。


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その階段を下りて、ZEST御池にやって来ました。
毎年祇園祭山鉾巡行期間中に、
「河原町御池」交差点の真下で「京都物産展」が開催されます。


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せっかく地下に寄ったので、交差点近くの地下にある
コンビニエンスストアに立ち寄りました。
取りあえず、こちらを購入しました。
何となく、熱中症対策の必要性を感じたからです。


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「河原町御池」交差点の地下から、交差点の北東角に向かって
こちらからZEST御池を出ます。
「東山茶寮」の暖簾が気になりますが、
今回は山鉾巡行がメインなので素通りします。


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先程の扉を北に出ると、この地下街は
京都ホテルオークラの地下とつながっています。
地下と言いましても、地上からの吹き抜けで明るいですね。
次は、こちらの階段で地上に上がります。


673-7.jpg
先程の階段を上がり、地上に上がってきました。
この階段を上りきると、「河原町御池」交差点北東角です。


673-8.jpg
御池通から、河原町通を北に向いています。
河原町通の左(西)側に、京都市役所が見えますね。
河原町通の右(東)側は、京都ホテルオークラです。
目の前の歩道が、いつも自分が山鉾巡行の取材をしている場所です。


673-9.jpg
その歩道で、南を向きました。
ここからカメラを向けると、「河原町御池」交差点がよく撮れます。
この時点で、2019年7月17日水曜日午前9時40分です。


673-10.jpg
ところが午前9時50分になると、
(車両通行止めが開始された時間です)
たくさんの方々が割り込まれてきました。
何か、早く来た意味がなくなってきました……


673-11.jpg
さらに午前10時を回ると、2019年は
河原町通の車道に出る許可が下りました。
(毎年許可が下りるわけではありません)
このまま先程の位置にいても、人の頭で写真が撮れません。
自分も、車道に出ることにしました。
そして、2019年午前10時10分ごろ。
長刀鉾が、「三条河原町」交差点上に見えてきました。

これは、例年より約30分早いです。
もし例年通りの時間に来ていたら、
長刀鉾の辻回しは見逃していました……
(例年の午前10時40分ごろの光景です)


673-12.jpg
たくさんの交通警察官が「河原町御池」交差点を取り締まる中、
祇園祭前祭山鉾巡行を先導されるパトカーが現れます。
その後ろに「祇園会」の幟、長刀鉾と続きます。


673-13.jpg
河原町通を北上してきた先導パトカーが、御池通で西へ折れます。
祇園祭前祭の全ての山鉾が、この交差点をこのように曲がります。


673-14.jpg
続いて、「祇園会」の幟が「河原町御池」交差点に入ってきました。
背後に、長刀鉾を引き連れていますね。


673-15.jpg
「祇園会」の幟が御池通に去った後、
長刀鉾が、「河原町御池」交差点に入ってきました。
少しずつ祇園囃の音色が、はっきり聞こえてきました。


673-16.jpg
すると長刀鉾の下層部から竹の板を取り出された町衆が、
長刀鉾に先行して交差点中央に竹の板を並べだされました。
いつもは鉾が交差点に入ってから行われるのですが、
なぜか2019年は何事も手際がいいですね。


673-17.jpg
長刀鉾が、敷かれた竹の板の辺りまでやって来ました。
曳き手の方々が、自分たちのいる場所辺りまで来られました。
この辺りから、祇園囃が激しいものに変わります。


673-18.jpg
長刀鉾の上部を撮りました。
鉾に、生稚児さんが3人並んでいらっしゃいます。
各鉾のお稚児さんは、長刀鉾以外はいずれも人形です。


673-19.jpg
だんだん長刀鉾の竹の板並べが、完成に近づいていきます。
それと同時に、曳き手の方々が御池通の方に移動されました。


673-20.jpg
鉾の前で扇子片手に立たれている方々は、方向指示を行います。
長刀鉾の前に大きな扇子を持たれた方が立たれて、
方向指示をされる方々の音頭を取ります。
いよいよ長刀鉾の「辻回し」が始まります。


673-21.jpg
大きな扇子を持たれた方の音頭に合わせて、
長刀鉾前面に乗られた方向指示をされる方々が、
独特の扇子の振り上げと共に掛け声を掛けられます。


673-22.jpg
「よ~いよ~いよ~いとなっ、よ~いとせっ」
独特の掛け声と直後に、曳き手の方々が御池通の西の方から
長刀鉾を一斉に引っ張ります。
これで長刀鉾が約30°回転しました。
このような祇園祭山鉾の方向転換を「辻回し」と言います。
これが、山鉾巡行の最大の見どころです。

祇園祭の山鉾は一気に90°曲がると倒壊してしまいます。
そのため、一度の辻回しに通常3回~6回同じことを繰り返します。
江戸時代の発明家平賀源内は祇園祭山鉾の修復を依頼された際、
板ばねなどを利用して「辻回し不要」の山鉾を製作したところ、
「これでは、つまらない」と京都の町衆から批判されて、
わざわざ辻回しが必要な山鉾に修理し直したたそうです。
「辻回し」は面倒ですが、この山鉾巡行の醍醐味でもあります。


673-23.jpg
先ずは30°長刀鉾が曲がった後、車輪が滑りやすいように
竹の板を並べ直して大量の水を掛けます。
こういう晴れの日は車輪の滑りを増すように、
先程の京都信用金庫河原町支店から大量の水を運びます。


673-24.jpg
大きな扇子を持たれた方の音頭で、また掛け声が掛かります。
「よ~いよ~いよ~いとなっ、よ~いとせっ」


673-25.jpg
その掛け声とともに、曳き手の方々が長刀鉾を引っ張ります。
すると、さらに30°長刀鉾が曲がりました。
あと一回で、長刀鉾が90°曲がります。
2019年の辻回しは、例年以上に手際がいいですね。


673-26.jpg
そして3度大きな扇子を持たれた方が、音頭を取られます。
長刀鉾の最後の辻回しが始まります。


673-27.jpg
「河原町御池」交差点の長刀鉾の辻回しが、これで終わりました。
「辻回しは、3回がいちばん美しい」
と言われますが、ちょうど3回で回りました。


673-29.jpg
「河原町御池」交差点の長刀鉾の辻回しは、約10分掛かりました。
長い年は30分以上かかる中で、これはとても早い方です。
扇子を持たれた方々が、「エイヤラヤ~」と掛け声をされます。
すると、長刀鉾の祇園囃が通常のものに変わります。


673-30.jpg
辻回しを終えた長刀鉾が、御池通を西に進みます。
長刀鉾が「河原町御池」交差点から去り、
次の山が交差点に入ってきます。


673-31.jpg
くじ取らす鉾1番の長刀鉾が去った後に、
2年連続で山1番くじを引いた蟷螂山が
「河原町御池」交差点に入ってきました。
そう言えば郭巨山や占出山など、
1番くじは2年連続で務める例が増えています。


673-32.jpg
蟷螂山が、だんだん近づいてきます。
蟷螂山は牛車の上に蟷螂(かまきり)が乗った山で、
しかもこの蟷螂はからくり人形で、
この瞬間も4枚の羽根が動いていました。


673-33.jpg
「河原町御池」交差点まで来た蟷螂山を
担ぎ手の皆さんが持ち上げられます。
いよいよ蟷螂山の辻回しです。


673-34.jpg
蟷螂山の担ぎ手の皆さんは、西に向くと蟷螂山を降ろされます。
そして、そのまま御池通を西に去っていかれました。
まぁ小規模な担ぎ山は、辻回しもこんな感じです。


673-35.jpg
山1番蟷螂山の次は、山2番の芦刈山です。
貧しさが理由で離婚した芦刈の翁が、
年を取ってから元妻と再会して、
大恋愛の末に再婚する歌謡「芦刈」から取材しています。
夫婦円満のご利益があるとされる山ですね。


673-36.jpg
左手に刈り取った芦右手に釜を持つ翁像が、芦刈山のご神体です。
担ぎ手の皆さんが、「河原町御池」交差点の中心で
芦刈山を持ち上げられました。


673-37.jpg
担ぎ手に持ち上げられた芦刈山が、約90°回転しました。
これで、御池通を西に進むと思いきや……
何とさらに回転されて、180°反対(南)側に向かわれました。
鉾や曳山と異なり多少辻回しが地味な担ぎ山の中には、
このようにくるくる回られる山もあります。
まぁ絡繰りのために相当重い蟷螂山には、絶対無理です。
(精密機械は、壊れないようにしないといけません)


673-38.jpg
そして芦刈山の担ぎ手の方々は360°回転した後、
さらに2周目の回転を始めました。
「河原町御池」交差点で山鉾巡行を眺めておられる方々は、
やんややんやの拍手喝采です。


673-39.jpg
さらに芦刈山の担ぎ手の方々は、3周目の回転に入られました。
沿道からは、さらに大きな拍手喝采です。


673-40.jpg
さすがに、4周目の回転はありません。
芦刈山は西を向く状態で地に着くと、御池通を西に去りました。
すぐ後ろに、山3番木賊(とくさ)山が待機しています。
ただ今回もだいぶ写真を貼り付けましたので、
今回は、ここまでです。

~次回は、木賊山以降の函谷鉾や鶏鉾の辻回しを取材します~

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テーマ : 京都道案内
ジャンル : 地域情報

第674回 2019祇園祭前祭山鉾巡行は辻回し中心~その2

674-1.jpg
京都市中京区にある「河原町御池」交差点で、
祇園祭前祭山鉾巡行を見物しています。
前回ブログでは山2番芦刈山まで取材しました。
今回ブログは、こちらの山3番木賊山以降を掲載します。
撮影日は、2019年7月17日水曜日午前10時半。
例年よりも、ずっと早いペースで進みます。


674-2.jpg
木賊山は、天然の木賊(とくさ)を刈り
生計を立てる老人を描いています。
(謡曲「木賊」が元になっています)
ちなみに木賊はシダ科の植物で、漢方薬の材料です。

木賊山が、「河原町御池」交差点に入ってきました。
担ぎ手の皆さんが、力を合わせて木賊山を持ち上げられました。


674-4.jpg
持ち上げられた木賊山が、西を向きました。
こちらの山は約90°回転した後、そのまま着地しました。
クルクル回るなどの即興は、無しです。
そして、そのまま「河原町御池」交差点を去ります。
その理由は、後述します。


674-5.jpg
続いて、くじ取らず(順番固定)の鉾2番函谷鉾の登場です。
「函谷」とは古代中国の洛陽長安との間にあった関所のことです。
……と書くと三国志が元と思われがちですが、史記が元ネタです。


674-6.jpg
函谷鉾が、河原町通を北上しています。
鉾1番の長刀鉾同様、鉾が交差点に入る前から竹を並べています。
つまり、交差点に鉾が入る前から辻回しの準備に入ります。
ですから手前の担ぎ山は、「空気を読んで」
派手なパフォーマンスを行いません。
それが、先程の木賊山が淡々と辻回しを行った理由です。


674-7.jpg
函谷鉾の正面を大写しにしました。
鉾なのでお稚児さんが乗っていらっしゃいますが、
こちらは「嘉多丸」という名の人形です。
函谷鉾は天明の大火でいったん焼失しましたが、
1833年に再興した際、それまでの生稚児(生身の人間)から
人形にお稚児さんを変更しました。
ちなみに、モデルは明治天皇皇后の兄一条実良の幼少時です。
お稚児さんを人形にしたのはこの函谷鉾が最初でしたが、
今では長刀鉾以外のお稚児さんは全て人形です。


674-8.jpg
函谷鉾が、「河原町御池」交差点中央に入ってきました。
「函」の紋が入った法被を着られた曳き手の方々が、
河原町通から御池通に移動されます。
いよいよ函谷鉾の辻回しの始まりです。


674-9.jpg
曳き手の皆さんが御池通に移動されたら、
鉾の前にいらっしゃる「音頭取り」の方々が掛け声を発せられます。
「よ~いよ~いよ~いとなっ、よ~いとせっ」
そして、その「音頭取り」の方々が扇子を左に振り下ろされます。
すると曳き手の方々が、御池通から西側から函谷鉾を曳きます。


674-10.jpg
その結果、函谷鉾は約30°左折しました。
すると、さらに竹の位置を修正して先程と同じ作業を繰り返します。
辻回しではこれを何度も繰り返し、約90度まで左折させていきます。
わずか2分後、音頭取りの方々がまた掛け声を発せられます。


674-11.jpg
「よ~いよ~いよ~いとなっ、よ~いとせっ」
音頭取りの方々がまた扇を左に振ると、
曳き手の方々が御池通側から鉾を引っ張ります。
曳き手の方々は、「綱引き」をされているみたいです。


674-12.jpg
函谷鉾が、さらに約30°左折しました。
もう1回辻回しが、必要ですね。


674-13.jpg
辻回し用の竹は、約2分で敷き詰められました。
ここ10年、町衆の方々は手際がよくなられている気がします。
「よ~いよ~いよ~いとなっ、よ~いとせっ」
音頭取りの方々はそう掛け声を掛けられて、扇を左に振られます。


674-14.jpg
その掛け声とともに曳き手の皆さんが、御池通側から曳かれます。
さらに30°、これで合わせて90°函谷鉾が左折しました。
この函谷鉾の辻回しも、長刀鉾同様約10分で終了しました。
以前の辻回しは、下手したら約30分掛かっておられたので、
全体的に辻回しの手際がよくなられているのでしょうか?


674-15.jpg
辻回しの使用される竹をすべて鉾の下層部に収納して、
音頭取りの方々の「エイヤラヤ~」の掛け声がかかり、
函谷鉾が御池通を西に進みます。


674-16.jpg
そして、函谷鉾が「河原町御池」交差点を去ります。
毎年自分はこの函谷鉾の辻回し中に、
「寺町御池」交差点へ移動して撮影していたのですが、
(「寺町御池」交差点の方が、山鉾がよく見えます)
2019年は辻回しに拘るので「河原町御池」交差点から移動しません。


674-17.jpg
函谷鉾の後は、山4番の郭巨山です。
2012年と2013年の山1番ですね。
自分が毎年粽を求めている山でもあります。

「郭巨」とは昔ばなしに出てくる中国の農民のことで、
謡曲「郭巨」の主人公です。
息子と山奥へ向かった郭巨は、黄金入りの釜を地中から堀出します。
ですから、別名「釜堀山」(かまほりやま)です。
息子の機転で黄金を郭巨が見つけたので、
親孝行・金運・商売繁盛を司る山です。
その関係で、毎年ウチの母の店先にこちらの粽を吊るしています。


674-18.jpg
郭巨山が、「河原町御池」交差点に入ってきました。
ご神体の郭巨と息子の人形が、しっかり見えますね。
いよいよ郭巨山の担ぎ手の皆さんが、山を持ち上げられました。


674-19.jpg
郭巨山も約90°左折して、そのまま地面に下ろされます。
実はもう次の鉾が「河原町御池」交差点に迫っておりまして、
この渋滞では派手なパフォーマンスも難しいですね。
2019年前祭の山鉾巡行は、例年になく急いでおります。


674-20.jpg
続いて、傘鉾1番の綾傘鉾の登場です。
2つある傘鉾のうち、綾小路沿いの大原神社を会所とする方ですね。
(大原神社の詳細は、第579回ブログ参照)
傘鉾はどちらも曳き手をあまり必要としないのですが、
その分随行者の数が相当多いのが特徴ですね。


674-21.jpg
綾傘鉾の随行者の方々が御池通に去られて後、
束帯姿に仮面を付けた男性が、
「河原町御池」交差点中央に進み出られました。


674-22.jpg
その男性の片手には、長い木の棒があります。
こちらの方が、その棒を振り回されました。
背後に囃手の方々がいらして、
祇園囃の曲調に合わせてこちらの方が棒を振り回されます。
こちらは「棒振り踊り」と言われるもので、
毎年山鉾巡行の際に各交差点で1曲踊られます。

四条傘鉾も棒振り踊りは存在するのですが、
棒の形や踊りの振り付けが綾傘鉾と全く違います。


674-23.jpg
1曲終わるとこのポーズのまま、
こちらの仮面の方が御池通に去っていかれました。
すると、囃手の方々も御池通に去っていかれました。


674-24.jpg
綾傘鉾には踊り手と同じ扮装をされている方がいらっしゃいますが、
こちらはそのまま「河原町御池」交差点を左折されます。
相当ハードな踊りなので、交差点ごとに交互に踊られるのでしょう。


674-25.jpg
さて、綾傘鉾の辻回しですが……
傘鉾の下には多少大きめのタイやが付いていまして、
担ぎ手の皆さんが担ぐ必要すらありません。
綾傘鉾を押したまま、御池通に去っていかれます。


674-26.jpg
ただ綾傘鉾は約35年前に復活された際に、2基製作されました。
ですから1基目が御池通に去った後、
もう1基が御池通に去っていかれます。

当初はもっと長く続けようと思っていたのですが、
諸事情で短めの記事を何回かに分けて連載することにしました。
よって、今回はここまでです。

~次回は、山5番伯牙山以降を記事にします~

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ぴのぴな

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ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
自宅近くを中心に
寺社巡りをしてきました。
このブログで,
本当に京都に来たような
そんな気分を
味わってください。

リンク・カテゴリの説明
いい加減複雑になったので、
サイドバーの説明をします。
☆リンク
「京の天気」
京都市内の今の天気と
天気予報が分かります。

「京都桜100景」
ブログ用に
今まで撮った写真に
新たに撮ったものを加え
独断と偏見で桜の名所を
100選びました。
少しずつ更新して
ゆっくり完成させます。

「祇園祭の歩き方」
YAHOO知恵ノートを
こちらも利用して、
祇園祭宵山で回る
ポイントを書きました。
実際に回るときの
参考にしてください。

「京都市バス路線図」
京都市交通局発行の
京都市バスと市営地下鉄の
路線図を貼り付けました。
バス停や駅の位置以外に、
各観光地の位置関係も
これで分かります。

「京都市バス検索」
系統(「5系」とか)別に
市バスを検索できます。
各系統の停留するバス停や
バス停別時刻表が
貼り付けてあります。
京都観光に来られる前に、
今一度確認してください。

「嵐電(京福電気鉄道)」
京福電車(嵐電)のサイトを
そのまま貼り付けました。
電車の情報もありますが、
嵯峨野嵐山など
沿線の観光情報が
詳しく書いてあります。

「きょうもいろいろ」
ここと同じ
京都観光のブログです。
許可をいただいたので、
リンクさせて
いただきました。

「ひまわりパパの
ときたま日記」
ご家族のことを書かれた
ブログです。
こちらも
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「アマランサス☆
だいあり~」
いろいろなことを
書かれたブログです。
こちらも、
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「写真缶」
京都周辺の写真と
短いコメントの
写真ブログです。
こちらも、
許可をいただいて、
リンクさせて
いただきました。

「子連れ京都旅行」
ウチと同じ京都の
観光ブログです。
「幼児連れで
便利な店と
不便な点」を
詳しく
書かれています。
こちらは、
自分がお願いして
リンクさせて
いただきました。

「京都パワースポット
体験」
京都の様々な情報を
連載されています。
こちらも、
許可を頂いて
リンクをしました。

「京都散歩
日々の出来事と
三毛猫ブログ」
飼い猫と京都観光地の
様子を書かれた
ブログです。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

「京都に夢中!
古都・京都
お祭りナビ」
これから始まる
京都のお祭りや
イベントの
情報が載っています。
こちらも許可をいただいて
リンクしました。

布袋山保存会
祇園祭前祭の布袋山の
サイトです。
宵山でここに訪れて、
ここの方と親しくなって、
そのまま相互リンク
することにしました。

One-Shot Photo Blog
北関東と東京の下町の
写真ブログです。
自分の大ファンの
写真家さんが
運営されています。
こちらからお願いして、
リンクさせて
いただきました。

「春夏秋冬 京のくらし」
京都の季節の様子や
ご自身が経営されている
カフェの様子を
書かれたブログです。
この度、相互リンクさせて
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ここをご覧ください。

「京都紅葉散策」
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「松尾散策」
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松尾大社や法輪寺など
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「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「太秦散策」
蚕ノ社や広隆寺、
映画村など太秦周辺を
散策しました。

「花園散策」
JR「花園」駅から
北側の衣笠山手前の
「きぬかけの路」に
かけて散策しました。
妙心寺や等持院など
並んでいます。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。

「若宮通南から北」
西本願寺と東本願寺の
中間点を通る小路を
北上しました。
京町家と古い商店街の
京都らしい町並みです。

「若宮通南から北」EX
「若宮通編」の最後から
三条通まで
若宮通の真北の通りを
北上していきます。

「釜座通南から北」
若宮通を真北に
延長した先の釜座通で
三条通~京都府庁間を
北上しました。
途中、二条城に
立ち寄りました。

「錦小路東から西」
四条通の1本北に伸びる
錦小路を東から西に
進みます。
錦市場から祇園祭鉾町へ
最終的に住宅街に
移動していきます。

「五辻通東から西」
上立売通と今出川通の
中間に伸びる五辻通を
東から西へと進みます。

「正面通東から西」
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比較的ウチに近い
正面通を
東から西に進みます。
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