第483回 雨宝院は桜の森~上立売通東から西~その14

[雨宝院] ブログ村キーワード
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本隆寺東門の前で、智恵光院通を北に向いています。
今回はこの本隆寺に沿って進み、
本隆寺北隣の雨宝院にお邪魔します。
葉桜ではありましたが、こちらは桜の木でできた森でした。
撮影日は、2017年6月1日午後2時半。
今回も、クリックした写真は全て拡大されます。


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本隆寺東門の前から、智恵光院通を北上しています。
左(西)側が、白壁から渉成園のような瓦と赤土の壁になりました。
(第401回ブログを参照)
こちらは、本隆寺の信徒会館ですね。
本隆寺境内の北東端に当たる施設です。


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同じ場所で、智恵光院通の向かい(東)側を向いています。
その位置に、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいます。
またお参りして、さらに北上します。


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本隆寺最北端の道が、上立売通です。
そして今、智恵光院通から上立売通を西に向いています。
次は、ここを進んでいきます。


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智恵光院通から、上立売通を西に約10m進みました。
右(北)側の建物が、アパートから白壁に変わります。
その壁に、「聖天宮 雨宝院」と書かれています。


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智恵光院通から、上立売通を西に約50m進みました。
すると、左(南)側に本隆寺の門が見えます。
この門は閉ざされていて、こちら側からは中に入れません。


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その門の脇に、こちらが埋め込まれていました。
1960年に当時の管主日卲が、本隆寺を改修したと書かれています。


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その門の前で北に向きました。こちらは真言宗北向山雨宝院です。
「西陣聖天宮」とも呼ばれている寺院ですね。
こちらが、今回ブログのメインです。


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先程の門をくぐり、雨宝院境内を北に向いています。
こちらの寺院は、一定以上の高さの木は全て桜です。


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雨宝院の南門をくぐり、右(東)を向きました。
こちらに、手水舎がありますね。
こちらは「染殿の井」という湧き水で、
第478回ブログに出てきた白峯神宮の飛鳥井とともに、
「西陣五名水」に数えられています。
手水舎の上に、弁財天の祠がいらっしゃいます。
やはり、水神ということでしょうか?


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手水舎の前から、雨宝院境内を西に向いています。
右(北)側にツツジが見えますが、
雨宝院境内はいつも何かの花が咲いてます。
境内の南西端に、末社の祠が並んでいますね。


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こちらが、その末社の祠です。
左(南)から弁財天・十二天・瘡神が祀られています。
「瘡神」とは「疱瘡(天然痘)の神様」という意味なので、
八坂神社ご祭神牛頭天王(素戔嗚尊)のことでしょうね。


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では、少しずつ北上して雨宝院境内を散策していきます。
こちらの寺院は、本当に桜の森を歩いているようです。


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先程の祠の北側に、観音堂があります。
こちらには、腕が十本ほどの千手観音像が安置されています。
ただ像自体は大きなもので、太秦広隆寺の霊宝殿にいらっしゃる
千手観音像に雰囲気が似ています。
なかなか立派な仏様ですが、こちらはご本尊ではありません。


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観音堂の前で、雨宝院境内を北に向いています。
この辺りの木々のすべてが、桜です。
あちらのベンチが、雨宝院境内のほぼ中央です。


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こちらが、そのベンチです。
背後に、いろいろな掲示物が貼られています。
これを見ると、ここは撮影不可のように思えます。
そこで不安になって、寺務所で尋ねてみました。
すると、こうおっしゃられました。
「堂内の仏像を写さないようにすれば、撮影は自由です。
ただ商業目的の場合は許可を受けてからでないと撮影不可です。
特にモデルを連れて本格的な機材を使って撮影するのは、
桜の根が傷むのでやめてほしいです」
後半がとても具体的なのでさらに質問すると、
どうやら本当にそんな撮影をされた方がいらしたようです。


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そのベンチの裏(東)側に、こちらが咲いていました。
キキョウ科の花なのは間違いないのですが、
たぶん蛍袋(ホタルブクロ)だと思います。


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蛍袋の花の脇に、こちらの石塔が立っていました。
「千度石」と書かれていますが、
この石の周囲はその蛍袋やカエデで囲まれていて、
人が入れそうにはありません。


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今度はそのベンチの前で、西を向きました。
この先に、雨宝院の西門が見えますね。
ちょうど真上が藤棚のようですが、
こちらは細くて強くない桜の枝を支えています。


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さらに、同じ場所で雨宝院境内を北に向きました。
そちらに、この寺院の寺務所があります。


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先程の位置から、雨宝院境内を約10m北上しました。
この左手の先に、この寺院の寺務所があります。
(御朱印は、そちらで頂きます)
このまままっすぐ進むと、寺務所と隣接する小さなお堂があります。
そちらには、空海(弘法大師)像が祀られています。


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その大師堂付近が、この雨宝院境内の北東端です。
そして、境内の東側に、たくさんのお堂が並んでいます。
大師堂の東側が十一面観音が祀られているお堂で、
その右(南)が庚申堂です。


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さらに、その南側がこの雨宝院のご本尊聖天が祀られる聖天堂です。
聖天は、大歓喜天、長鼻天、象鼻天とも呼ばれています。
要するに、インドの神様ガネーシャのことですね。
こちらも他の聖天像同様に、秘仏です。

元々この辺りに、この聖天像をご本尊とする大歓喜寺がありました。
大歓喜寺は空海が建立したとても大きな寺院で、
最盛期には前回ブログの本隆寺を含むとても大きな寺院でしたが、
応仁の乱でこの辺りは激戦地となり
この辺り一帯は完全な焦土となりました。
その際、その大歓喜寺がそのまま廃寺となりました。
雨宝院は元々その寺院の塔頭だったのですが、
安土桃山時代にこの地に再興されました。
いったんは禅宗寺院だったこともあったようですが、
江戸時代に入り元の真言宗となり、現在に至ります。


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聖天堂の上に、こちらの額が掛けられていました。
どうやら、聖天をご本尊とする京都の寺院が書かれているようです。
ただ、上の段一番右に書いてあるここ雨宝院と、
上の段右から5番目の嘉祥寺、7番目の神泉院(おそらく神泉苑)は
このブログでも訪れましたが、
他の寺院にはまだ訪れたことがありません。
ただ、第117回ブログで訪れた雙林寺や
第151回で訪れた六波羅蜜寺は(ご本尊は、聖天ではありません)
こちらに書いてありません。


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雨宝院境内で、聖天堂から南を向きました。
手前から不動明王堂、大黒天堂、寶稲荷大明神堂が並びます。


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不動明王堂の南側に、こちらの護摩木が置かれていました。
自分もちょっと書いてみようとしたのですが、
お賽銭の300円を納めるところが針金で閉ざされています。
お金を納められずそのまま立ち去りました。


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その南隣(お堂の南端)に、寶(宝)稲荷大明神がいらっしゃいます。
朱塗りの鳥居があるものの、どう見ても仏式のお堂です。
個人的な見解ですが、密教寺院は
他の寺院よりも神仏が習合している気がします。


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稲荷堂の前で、西を向きました。
目の前に、先ほどの「染殿の井」があります。
これで、雨宝院境内を1周しました。


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雨宝院の南門から、南を向いています。
では、ここから雨宝院を出て行きます。


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雨宝院南門の前で、上立売通を西に向いています。
左(南)が本隆寺で、右(北)が雨宝院ですね。
では、こちらを進んでいきます。


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雨宝院南門の前から、上立売通を西に約10m進みました。
こちらから北に、智恵光院通が伸びています。
この道から約60m東にも智恵光院通がありますが、
新町通同様上立売通近辺で重複しています。


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上立売通から、西側の智恵光院通を北に向いています。
この道は、約1㎞北にある大徳寺で突き当たります。


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上立売通から西側の智恵光院通を約20m北上し、
東を向きました。
こちらは、雨宝院の西門です。
もし自転車で来たら、この脇に駐輪します。
ここから正面に、ご本尊の聖天堂が見えますね。


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雨宝院西門の前で、西側の智恵光院通を南に向いています。
この道は、約20m先に見える本隆寺で突き当たります。
瓦と赤土性の塀の遙か向こうに、
前回ブログに出てきた修復中の本隆寺本堂の足場が見えますね。
では、突き当りの上立売通に戻ります。


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先程の位置から約20m南下し、上立売通に戻ってきました。
ここからでも、本隆寺の塔頭寺院玉峯寺に立つ
黄金のストゥーパが目立ちますね。


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西側の智恵光院通から、上立売通を西に向いています。
左(南)側は本隆寺の塀が続いていますが、
右(北)側はいろいろな民家が並ぶように変わります。
約50m先に浄福寺通が伸びていますが、
上立売通と浄福寺通が交差する辻の辺りが
また独特な街並みに変わります。
次はそちらに向かいますが、今回はだいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回はここまでです。

~次回は、上立売通~寺之内通間の浄福寺通を散策します~

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第482回 本隆寺は修復中~上立売通東から西~その12

[本隆寺] ブログ村キーワード
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上立売通から、大宮通を北に向いています。
この辺りの大宮通は江戸時代に西陣織の問屋や小売店が多く、
現在でも様々な小売店舗が並ぶ賑やかな場所です。
前回ブログで出てきた西陣公園の葉桜が、ここからでも見えますね。
今回は、大宮通より1本西の智恵光院通沿いの本隆寺に訪れます。
撮影日は、2017年5月18日木曜日午後3時。
今回掲載の写真は、クリックすると全て拡大されます。


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上立売通は大宮通でいったん途切れるように見えますが、
その地点から約10m北からまた西に伸びています。
では、こちらを進んでいきます。


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この辺の上立売通は自動車がやっと1台通れるかどうかの道幅で、
その周囲に味のある京町家が建ち並びます。
「上京区 上立売通大宮西入 硯屋町」
ブリキ製の表札には、この辺りの住所が書いてあります。


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この辺りも少しずつ新しい家屋も増えましたが、
こちらのような京町家もまだまだたくさん残っています。


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その向かい(南)側には、こちらの黒檀の京町家が建っています。
格子(1Fの窓)に、時代祭のポスターが貼ってありました。


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先程の場所から、西に約10m進みました。
こちらのお地蔵さんにも、お参りしました。
こちらの撮影中に、脇に小学生の女の子が近づいていました。
撮影を中断して通り過ぎるのを待とうとしたら、
目と目が合った途端走って逃げられてしまいました……
多分不審者と思われたのでしょうね。


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そのお地蔵さんの前で、上立売通を西に向いています。
まだ京町家が続いていますが、上立売通は
大宮通から約100m西に進むと智恵光院通と交差します。


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上立売通から、智恵光院通を北に向いています。
智恵光院通は、約150m先の寺之内通で突き当たります。
ただ、約50m西にさらに北に伸びる智恵光院通があります。


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今度は同じ場所で、南を向きました。
約20m先から、さらに上立売通が西に伸びています。


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先程の位置から、智恵光院通を南に約20m進みました。
この右(西)に上立売通が伸びていますが、
今回はここから智恵光院通を南下します。


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先程写っていたカメラ屋さんの看板から、約50m南下しました。
こちらに、大きな寺院の入り口が見えてきました。


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こちらが、その入り口にあたる東門です。
こちらは、法華宗本門流総本山本隆寺です。
「寺之内堀川」交差点を中心に、日蓮宗系の本山が集中します。
こちらも、そういう寺院の1寺です。
東門をよく見ると、工事中のようですね。


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東門脇に、こちらの看板が立っていました。
本隆寺の本堂と祖師堂が、この度重要文化財に指定されたそうです。
それに伴う改修工事のようです。


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先程の東門から、本隆寺境内に入ってきました。
実はここ最近は、この山門に大きなダンプカーが停まっていたり
門が閉まっていたりして、ここから入れないことがあります。
ただ、ここ以外にも門があって
ここ最近は南側の五辻通や西側の浄福寺通から入っていました。


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東門から入ってすぐ、左(南)を向きました。
こちらの庵は風情がありますが、
雰囲気から今現在もだれか住んでおられますね。
(なんとなく、生活感があります)


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智恵光院通から本隆寺境内に入ってすぐに、手水舎があります。
先ずはこちらで、手を浄めます。


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手水舎脇に、こちらの地図がありました。
今回ブログでは東門から入って、本堂の周囲を1周して
また東門から出て行きます。


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先程と同じ場所から南を向くと、こちらの鐘楼があります。
その周囲に、工事関係車両が並んでいますね。


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その鐘楼からさらに南側に、この寺院の南門があります。
この門がこの寺院で一番大きく、本堂に直結しています。
またこの門の周囲が駐車場で、自転車もこの門の周辺に停めます。
ちなみに、南門の向こうは五辻通です。
(千本釈迦堂の山門がある通りですね)


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その南門をまっすぐ北上すると、本隆寺本堂に突き当たります。
本堂は現在修復中なので、あちこちに足場が組まれ
工事に携わっておられる方々が、作業をされています。

法華宗真門流総本山本隆寺は、
1488年に日蓮宗の僧侶である日真が
この近くにある妙蓮寺から分裂する形で創建しました。
(加賀の一向一揆が越中の守護大名富樫正親を倒した年ですね)
当初は「四条大宮」交差点付近に建っていましたが、
天文の法難により他の日蓮宗系寺院と同じく
延暦寺の僧兵に焼き討ちされて、
こちらの寺院は泉州堺(今の大阪府堺市)に避難しました。
その後1542年にこの場所に移転してきました。
江戸時代以降大火に何度か遭いますが、何とか焼けずに済みました。
そのため、こちらを「焼けずの寺」と呼ぶ方もいらっしゃいます。


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本堂前から、本隆寺境内を西に向きました。
次は、向こうの鎮守社にお参りします。
先程の地図には「番神堂」と書かれており、
おそらく祀られておられるのは三十番神です。


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鎮守社の前で北を向きました。こちらが本堂の西側です。
こちらに、大桜の木が立っていますね。
他の多くの日蓮宗系寺院同様に、
この本隆寺も京都有数の桜の名所です。


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その大桜の北側に、「夜鳴き止めの松」が立っています。
室町時代末期に日脩という後に管主となる僧侶は、
乳児のときにこの寺院に引き取られました。
乳児だった日脩は夜泣きを繰り返し、ここの僧侶を悩ませました。
ところが、この松の下に来るといつも泣き止んだということです。
そのことから、後に「夜泣き止め」のご利益があるとされました。

また、その先に祖師堂が見えます。
こちらも先年重要文化財に指定されました。


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祖師堂には、こちらの開祖である日真が祀られています。
正面上部には、「開祖日眞大和尚」と書かれていますね。


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本隆寺祖師堂の正面から、西を向きました。
向こうに見える桜の木の先には、塔頭寺院と西門があります。
(浄福寺通から入れる門ですね)


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その位置で、また北を向きました。
では、ここから祖師堂の西側を北上します。


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こちらは、本隆寺境内の北西端です。
こちらに見えるのは塔頭寺院の玉峯院なのですが、
黄金のストゥーパがとても目立ちます。


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その北側に、本法院という塔頭寺院があります。
こちらは、落ち着いた感じの寺院ですね。


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本隆寺境内の北西端で、東を向きました。
ここで行き止まりのように見えますが、
本堂の足場の下から通り抜けられます。


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その足場の下に入る前に、南を向きました。
こちらは、祖師堂のちょうど真裏です。
ここからでも、お参りできるようになっていますね。


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本堂の北側を東に進んでいます。
安全のために足場が組んでありますが、ここを通ると
まるでトンネルをくぐるみたいですね。


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そして、その「トンネル」をくぐり抜けました。
こちらが、本隆寺北東端です。


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同じ場所で、北を向きました。
向こうに見えるのが信徒会館ですが、
手前のプレハブは工事作業員のための施設でしょうね。


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さらに、同じ場所で南を向きました。
こちらは本隆寺本堂の東側です。では、こちらを南下していきます。


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こちら側にも、本隆寺の塔頭が並びます。
この慶成院は、非公開のようですね。


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その南側には、同じく塔頭の宣妙院があります。
こちらも、非公開寺院のようです。


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宣妙院の南側に、こちらの大桜が立っています。
その向こう(東側)に見える手水舎で、先ほど手を浄めました。
要するに、これで本隆寺境内を1周しました。


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本堂の周りを1周して、本隆寺東門に戻ってきました。
では、ここから本隆寺を出ます。


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本隆寺東門の前で、智恵光院通を北に向いています。
本隆寺の塀は上立売通の角まで続いています。
ここからなかなか雰囲気のある道が続くのですが、
今回はもうだいぶ写真が貼り付けてきたので続きは次回です。

今回は、ここまでです。

~次回は、雨宝院にお邪魔します~

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第481回 謎の喜多川通~上立売通東から西~その11

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さて前回ブログまで続いた葵祭見物も無事終了ということで、
また上立売通に戻ってきました。
今回はここ「上立売堀川」交差点から大宮通まで進みますが……
まぁ詳しいことは今回ブログ記事の中でということで。
撮影日は、2017年5月11日午後1時。
実は、葵祭より4日前に撮りました。(白峯神宮参拝と同日です)


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「上立売堀川」交差点南東角~南西角間に、歩道橋が伸びています。
では、こちらに上り堀川通の西側に向かいます。


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歩道橋の一番上まで上がり、堀川通を南に向いています。
堀川通は6車線の道ですので、こちらで東半分です。
第478回ブログでは、ここの歩道を進み白峯神宮に向かいました。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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歩道橋の中央で、今度は堀川通を北に向きました。
こうして見ると、堀川通が6車線の道であることが分かります。
中央分離帯が割と広いですが、こちらは「せせらぎ公園」という
紫明通と同様に細長い公園です。
こうして見るとオフィスビル街のようですが、
ビルから少し内に入れば日蓮宗系の大きな寺院が続きます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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では、歩道橋の最西端まで進みます。
これで、堀川通を西に渡ったことになります。


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歩道橋から、ゆっくりを階段を下りています。
堀川通西側歩道の上立売通から南に向いた眺めが、
歩道橋越しに見えていますね。


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歩道橋の踊り場で反転し、北を向いています。
この階段を下り切ったところが、「上立売堀川」交差点南西角です。


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堀川通から、上立売通を東に向いています。
第477回ブログでは鳴虎報恩寺に立ち寄った後、
こちらに辿り着きました。


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上立売通から、堀川通を北に向いています。
ここから約150m先の寺之内通沿いには、
日蓮宗系の大きな寺院が続きます。
また、上立売通から約650m北には鞍馬口通との交差点があります。


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堀川通から、上立売通を西に向いています。
理髪店の時計が、午後1時10分を指していますね。
今からここを進んでいくのですが、ちょっと問題があります。
先ずは、こちらをクリックして地図を見てください。
大宮通~堀川通間の上立売通の位置に、
「喜多川通」という表記があります。
(それ以外のこの位置には、「上立売通」と表記されています)
……ということは、こちらは「上立売通」ではなく
堀川通から「喜多川通」を西に向いていることになります。
実はこういう地図はたまに誤表記があるのですが、
いろいろサイトを調べると、
「なぜか、この位置だけ喜多川通と呼ばれている」
という記事がいくつかありました。
(大半が、ここ10年くらいのブログです)

……という訳で、ここから大宮通まで(要するに、今回ブログ分)
このブログでは上立売通を「喜多川通」と表記します。


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堀川通から、「喜多川通」を西に歩いています。
この辺は(上立売通としては広い)2車線の道幅ですが、
それでも京町家が両脇に並んでします。
この写真は、クリックすれば拡大されます。


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まだ「喜多川通」を西に歩いています。
日陰から撮ったために、少し変なアングルになりました。
この日(2017年5月11日)は日差しが強く、
この辺を歩いていてそろそろそれが厳しくなってきました。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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堀川通から、「喜多川通」を西に約100m進みました。
ここで「喜多川通」は、猪熊通と交差します。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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「喜多川猪熊」の辻の北東角に、1軒の京町屋があります。
こちらの2F部分に、ブリキ製の表札がありました。
「上京区 上立売通堀川西入2丁目 芝薬師町」
……よく見ると、「上立売通」と表記されています。
「喜多川通」の文字がありません!
こちらの標識は遅くとも昭和時代初期(1945年)以前に作られたと、
書かれた形式から分かります。
ちなみに、「堀川西入2丁目」とは「堀川通から西に2本目の道」
というような意味です。(「猪熊通」のことですね)
この写真も、クリックすると拡大されます。


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「喜多川通」から、猪熊通を北に向いています。
ここから約150m先に、日蓮宗の宗派の本山妙蓮寺があります。
左(西)側には、旧京都市立西陣小学校が見えますね。


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今度は、「喜多川通」から猪熊通を南に向きました。
猪熊通は何度も途切れながらずっと南に伸びていて、
最終的には久世橋通まで続きます。


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猪熊通から、「喜多川通」を西に向いています。
向こうに、旧京都市立西陣小学校が見えますね。


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こちらが、旧京都市立西陣小学校の校舎です。
京都市街地には味のある校舎を持った小学校が多かったのですが、
ドーナツ化現象の余波で大半が廃校になりました、
それが様々な博物館や公的な施設などになりましたが、
(京都マンガミュージアムが代表例)
こちらもそういう公的な施設として再利用されています。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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その校舎前から「喜多川通」を西に進むと、
旧京都市立西陣小学校の校門が見えます。
ここの桜はなかなか密集していて、
シーズンになると絶景に変わります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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旧京都市立西陣小学校の校門前で、「喜多川通」を西に向きました。
歩道があるほどの道幅ですが、ここは西向き一方通行です。


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猪熊通から、「喜多川通」を西に約30m進みました。
「喜多川通」の南側に、浄土真宗圓徳寺があります。
こちらの境内になかなか立派な枝垂桜があるのですが、
桜のシーズンではないのでここから見るだけにします。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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その圓徳寺の前で、「喜多川通」を西に向いています。
向こうに突き当りに見える場所がありますが、
あちらで大宮通と交差します。


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旧京都市立西陣小学校の塀に、掲示板があります。
こちらは、京都市内の各町内に1枚設置された
京都市広報からの連絡事項が書かれたものです。
どうやら、今年(2017年)の時代祭巡行に
旧西陣小学校の学区が参加されるようです。
時代祭を行う平安神宮は、新興神社なので氏子がいません。
そのため、各地の京都市民が持ち回りで時代祭の進行を担当します。
そう言えば、2014年は衣笠学区の方々が担当されていました。
(第256回ブログを参照)

掲示板の下に、この辺りの住所が書いてあります。
「上京区 上立売通大宮東入 幸在町」
ここにも、「喜多川通」の表記はありません。
しかも、ちょっと聞き込みをしたところ
この辺りで「喜多川通」の名称自体を知っている方が
ほぼいらっしゃいませんでした。
「もしかして、ここは『喜多川通』ではなくて上立売通では?」
そんな気もしてきました。


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その掲示板から、「喜多川通」を西に向いています。
旧京都市立西陣小学校の西隣が消防団の詰め所で、
さらにその西隣に児童公園があり、
そこで「喜多川通」はいったん突き当たります。


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「喜多川通」から、北側の児童公園を覗いています。
こちらは「西陣児童公園」で、京都屈指の桜がきれいな公園です。
では入り口に入り、ブランコの向こうにある藤棚に向かいます。
この写真は、クリックすると拡大されます。


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その藤棚に向かう途中、ブランコの辺りで西を向きました。
向こうに見えるのが、大宮通です。
この辺りの大宮通は、様々な小売店舗が並ぶ賑やかな通りです。
一方公園の中はソメイヨシノが何本も植えてあり、
こちらは春になると別世界に変わります。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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西陣公園内の藤棚下のベンチに座り、北を向いています。
こちらのベンチには、男性ばかり3人が休憩されていました。
こちらは、結構人通りが多い公園です。
また藤棚より北半分に遊具はないので、球技ができそうです。
ただ、こちらの公園自体が「球技禁止」です。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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そして、この公園の北西部はこのようになっています。
たくさんの木々がありますが、ソメイヨシノがいちばん多いですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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こちらが西陣児童公園の西門です。
こちらのお地蔵さんの周辺が、いちばん桜が濃いですね。
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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そのお地蔵さんの脇に、こちらの甲冑の像が立っています。
……と言いますか、なんで甲冑なのでしょうか?
この写真も、クリックすれば拡大されます。


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今度は藤棚の脇から、南を向きました。
ではブランコの向こうに見える入り口から、西陣児童公園を出ます。
この写真も、クリックすると拡大されます。


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西陣児童公園の南側入り口の前で、「喜多川通」を西に向きました。
「喜多川通」は大宮通で突き当たった後、
約20m北で上立売通としてさらに西に伸びていきます。
ちなみに、この辺りにたまたまいらした京都府警の制服警官に
「喜多川通」について聞いてみました。
ちなみにこちらの警官はとにかく親切で、
他の仕事を中断されて調べて頂き
ありがたいというよりもむしろ申し訳なく思っています。
その警官は、こうおっしゃいました。
「『喜多川通』という名称自体聞いたことがない。
この近所の方も、知らないようだ。
京都府警が使用する地図や資料にも、
『上立売通』と明記されている」
とにかく、次回ブログでは
この一帯を「上立売通」と表記します。

~次回は、本隆寺の葉桜を見に行きます~

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第480回 堺町御門前の葵祭巡幸 後編

[葵祭り] ブログ村キーワード
480-1.jpg
京都地方裁判所脇の「丸太町柳馬場」交差点から約50m西の
京都御苑堺町御門の前で葵祭の巡行行列を見ています。
前回ブログまでで、葵祭の巡行行列の約4割が通り過ぎました。
今回は、残りの巡行行列の様子を掲載します。
撮影日は、2017年5月15日午前11時15分。
今回も、クリックした写真は全て拡大されます。


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黄浅緑色と浅葱色の束帯姿の方々が、
交互に通り過ぎて行かれます。
黄浅緑色の束帯姿の方が持っておられるのは、ヒョウの毛皮ですね。


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お稚児さんの後に、浅緋色の束帯姿の方が続きます。
前回ブログでも書きましたが、ここまで巡行は全員男性ですね。


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浅緋色の束帯の方が、また毛皮を持って登場です。
その模様から、シカでしょうか?
その後から、また大きな傘が現れました。
こちらの上部には、ツツジの造花があしらわれています。


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その後は槍や岡持ちを持った白装束の方々が続き、
その後に騎馬が続きます。


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そして、その後をまた白装束の方々が通り過ぎます。
やはり、槍や岡持ちを持たれていますね。


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さらにその後を、束帯姿の方を騎乗させた白馬が通り過ぎます。
……と言いたいところですが、
この馬だけ丸太町通を西に向かおうとしています。


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……と言いますか、白馬がむずがって荒れています。
御者がさらに一人加わり轡を引きますが、
言うことを全然聞きません。
また、京都府警からのアナウンスが聞こえてきました。
「カメラのフラッシュを焚かないでください。
馬が興奮してしまいます」


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何とか白馬が寺町通方面に通り過ぎた後、
白装束の方々や騎乗の束帯姿の方も通り過ぎて行かれます。


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さらにその後を黄浅緑色の束帯姿の方が通り過ぎます。
手に持たれているのは……シカの毛皮ですね。


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そして、またまた大きな傘が登場です。
この黄色は……山吹の造花ですね。
そう言えば、松尾神社ではまだ山吹が咲いているのでしょうか?


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ここで、葵祭の巡行行列がいったん途切れます。
これで、半分が終わりました。


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葵祭の巡行行列が途切れていたのは、約5分です。
ここから、いよいよ巡行行列の後半ですね。


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後半の最初に、十二単姿の女房が花傘を伴い現れました。
前半と打って変わって、後半の列は女性が中心になります。


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また十二単姿の女房が、通り過ぎて行かれます。
そう言えば、平安時代の貴族は傘を持つ従者をよく伴いましたが、
その傘にもこのように花が添えられていたのでしょうか?
それとも、この花は普段と違う「お祭り仕様」なのでしょうか?
ちょっと、気になります。


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十二単姿の女房は、まだまだ続かれます。
ただ、よく見ると女房の間に束帯姿の方がいらっしゃいます。


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その直後に、こちらの輿が現れました。
葵祭巡幸のメイン斎王代の登場です。


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斎王代をアップで撮りました。
輿をも担がれている方々の烏帽子に葵の葉が付いていますね。


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斎王代の輿が、寺町通方面に去っていきます。
よく見ると、こちらの輿は担がれているのではなく
輿の下に車が付いているので「押して」おられるようですね。


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さらにその後にも、女房が続きます。
こちらは、騎乗されておられます。


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騎乗姿の女房をアップで撮りました。
確か2014年は大雨で十二単が全部だめになって、
2015年に全て新調したと聞きました。


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そして、槍や岡持ちを持った白装束の方々や
騎乗姿の女房が交互に通り過ぎて行かれました。


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さらに騎乗姿の女房が通り過ぎて行かれた後、
ちょっと間が空いて誰も通られない瞬間がありました。


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暫くして、槍や岡持ちを持った白装束の方々が
堺町御門の前を通り過ぎて行かれました。
その後、また少し間が空きます。


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だんだん行列の間隔が空いて来ているのは、
この行列が終わりに近づいているからです。
ここで花傘を伴い、十二単姿の方が現れました。
その後の女房は傘を差されておられないので、
午後からは(下鴨神社~上賀茂神社の巡行)相当暑かったでしょうね。


480-26.jpg
そして、その後を白装束の方が通り過ぎて行かれます。
……のですが、こちらはキャリーバッグを曳かれています。
時代考証が、グダグダですね、
こちらには、ビニールの雨傘が入っているようです。
突然雨が降ったら、こちらを差されるのでしょうね。


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さらにその後を、花傘を伴い十二単姿の方が続かれます。
その後の女房は、こちらの方のお伴なのでしょうね。


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その女房の後は……白拍子でしょうか?
舞踊を舞われたり、歌われたりする方々の衣装ですね。


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短冊を手にされている方もいらっしゃいますが、
その後に続かれる臙脂色の束帯姿の方々の大半は、
太鼓や笙などの楽器を持たれています。


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臙脂色の束帯姿の方々の最後尾は、こちらの大太鼓です。
これらの楽器を合わせると、雅楽を演奏できますね。


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さらにその後から、牛車が登場しました。
こちらも前回ブログ同様に、庇を藤の造花で飾ってありますね。


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その牛車をアップで撮りました。
今度は通過車両に邪魔されずに、確実に写せました。
(何のことだか分からない方は、前回ブログ参照)


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牛車の後を別の牛が続きます。
こちらは、途中で交代するのでしょうね。


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そして、その後を軽トラックと小型の消防車が続きます。
こちらが、葵祭巡行行列の最後尾です。


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今まで立っていた「丸太町堺町」交差点南西角から、
丸太町通を東に向いています。
先程の牛車は、柳馬場通から寺町通へと向かっています。
葵祭の巡行行列は寺町通を東に通り過ぎた後河原町通で北上し、
今出川通より1本北の出町通で東に曲がります。
出町橋で鴨川を渡り、(第312回ブログ参照)
下鴨東通からまた北上して糺の森を抜けて下鴨神社に至ります。


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巡行行列が去った後の京都御苑堺町御門です。
だんだんとこちらから出てこられる方々で、
丸太町通がいっぱいになってきました。


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先程の写真から、約1分後です。
堺町御門から出てこられる方々が多くて、
丸太町通の車道にまで溢れてきています。
前回ブログの追記にも書きましたが、
この日(毎年5月15日)はなるべく堺町御門よりも
西側の間之口門か東側の富小路口のどちらかを利用すべきです。


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こちら側の丸太町通南側歩道も、だいぶ三々五々散り始めています。
では、自分も地下鉄「京都市役所前」駅目指して歩いていきます。

これで、2017年の葵祭巡行行列の取材を終えます。

~次回は、また上立売通に戻ります~

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第479回 堺町御門前の葵祭巡幸 前編

[葵祭り] ブログ村キーワード
前回ブログまでかけて上立売通を進んできましたが、
毎年5月15日は葵祭巡幸の日です。
そこでいったん「上立売通」編は休載して、
2017年も葵祭巡幸の様子を掲載します。
また今回は写真が多く撮れましたので、2回にわたり連載します。
なお、今回の写真はクリックすると全て拡大されます。


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電車を乗り継ぎ地下鉄東西線「京都市役所前」駅で降り、
地下街ZEST経由で京都市役所の玄関前で地上に出ました。
京都市役所前から寺町通を約500m北上して、
そこから竹屋町通を西に約300m進みました。
京都市立御所南小学校と京都地方裁判所との間の
葉桜並木を通り過ぎ、柳馬場通で北を向きました。
右(東)側に、京都地裁の枝垂れ葉桜並木が続いていますね。
今回は、この少し先の今出川通で葵祭巡幸を眺めます。
撮影日は、2017年5月15日月曜日午前10時。
自宅を出たときは曇っていましたが、だんだん晴れてきました。


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竹屋町通から約100m北上すると、
柳馬場通は丸太町通(京都御苑)で突き当たります。
「丸太町柳馬場」交差点で、丸太町通を西に向いています。
この辺りの丸太町通が、規制線により南北に分かれています。
左(南)側は通行用なのですが、右(北)側は葵祭巡幸の見物客用です。
葵祭巡幸見物は京都御苑鴨川デルタ下鴨神社前が有名ですが、
巡行路であればどこでも見物することができます。
その中でも丸太町通沿いは、比較的多くの方々が見物されます。


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柳馬場通から、丸太町通を西に約50m進みました。
堺町通との交差点近くで、こちらのツツジが真っ盛りでした。
では、こちらのツツジの左(西)側に立ちます。


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その位置から、北を向いています。
こちらが、京都御苑堺町御門ですね。
1864年の禁門の変直後の大火どんどん焼けの火元です。
(おかげで祇園祭の山鉾の大半が焼失し、
大船鉾に至っては復興に約150年掛かりました)
そして、葵祭巡幸の行列はここから京都市街地に出ます。
ですから、この御門を背景にすれば絶景になるのではと思い、
2017年はここに陣取ることにしました。


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先程と同じ場所で、西に向いています。
そちらの方では巡行行列が見えないので、見物客はいません。
この辺りの丸太町通沿いは、歩道にツツジが並びます。
約50m先の高倉通も、ここで突き当たります。
(第434回ブログを参照)


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午前10時20分になり、再び堺町御門前を撮りました。
先程は青い先導車だけでしたが、
それ以外に京都府警のパトカーと市役所の公用車が並びます。


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葵祭巡幸の行列が京都御所の建礼門を出るのが午前10時半の予定で、
建礼門前からこの堺御門までが、徒歩で5分少々です。
ところが、午前10時半段階で丸太町通の交通規制はまだでした。
「予定通り」ちょっと遅れていますね。
それが午前10時35分になると、京都府警の警官の皆さんが
丸太町通の車道上にコーンを立てていかれました。


479-8.jpg
堺町御門より西側の丸太町通を写しました。
この辺りに、葵祭の巡行行列は通りませんので、
自分がいる堺町通以西に見物人は誰もいません。
赤いコーンより向こう(北)側の烏丸通以東が、通行止めです。
そして、青いコーンには「中央線」と書かれています。
つまり、葵祭の巡行中は丸太町通などの車道が2車線になります。
お祭りの巡行中も、幹線道路を通行止めにしない工夫でしょうね。
(祇園祭の巡行中は、河原町通も御池通も完全に封鎖されます)


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午前10時42分ごろの堺町御門前です。
先程まで門前に並んでいたパトカーも寺町通方面に移動し、
先導の騎馬2騎も堺町御門の向こうに待機しています。
いよいよ巡行がこちらを通るようです。
10分未満の遅れは、こういう祭事では「時間通り」の範疇です。
ところが、この時点で堺町御門を横切る通行人がいらっしゃいます。
その方のお仕事の都合とかもあるでしょうが、
結構ギリギリまで通行が認められていました。


479-10.jpg
「葵祭巡幸が、この辺りを通過します」
そういうことをアナウンスしながら、青い先導車が出発しました。
すると、束帯姿の方が騎乗する2騎の騎馬がその後に続きます。
ただ今5月15日午前10時45分。
2017年の葵祭巡幸の行列が、いよいよ堺町御門を通り過ぎます。


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束帯姿の騎馬の後を市役所の公用車が続きます。
その後に赤橙の束帯姿の騎馬が続き、
いよいよ本格的に葵祭巡幸の行列が始まります。


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さらにその後から、騎馬が数騎続きます。
騎馬の方々は堺町御門を過ぎても南進し、
丸太町通の中央分離帯の手前で直角に左折されます。
巡行行列は、そのまま右(東)の方に進んでいかれます。


479-13.jpg
騎馬の間を白装束の方々が歩いていかれます。
こちらの方々は馬の轡を握っておられたり、
様々なものをも運ばれたり、いろいろな仕事をされています。


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騎馬の後は、徒歩の束帯姿の方々が続きます。
白装束の方々が、堺町通以東に規制線を張られました。
ただ、京都府警の方々がすでに規制されているので
改めてこちらを張るのは無駄のように思います。


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規制線は、白装束の方々3人が張られています。
徒歩姿の束帯姿と騎馬が、交互に通り過ぎて行かれますね。


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徒歩の束帯姿の方が、竹製の長い棒きれを持たれています。
初めは弓と思っていたのですが、よく見ると形状が違います。


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その方が、丸太町通まで出てこられて東へ進まれています。
こうして見ると釣り竿のようですが、う~ん何でしょうね。


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続いて白装束の方々が運ばれておられるのは、槍ですね。
その脇に、座椅子を運ばれておられる方もいらっしゃいます。
今年(2017年)は、人が邪魔にならない場所で撮影ができました。
(ほどんど見えなかった第397回ブログ参照)
そのため、巡行行列のかなり細かい部分まで写せました。
それが、2017年度はブログが前後編に分かれた理由です。


479-19.jpg
さらに徒歩の束帯姿の方々が続きます。
今度の方も、変わった棒きれを持たれています。


479-20.jpg
その方をアップで撮りました。
七支刀に形状が似ていますが、おそらく武器を模した神具でしょう。


479-21.jpg
その後を槍や岡持ちを持たれた徒歩の白装束の方々が、
続いていかれますね。


479-22.jpg
槍や岡持ちを持って歩かれる白装束の方々の後に、
また束帯姿の騎馬が続きます。


479-23.jpg
ただよく見ると、徒歩の束帯姿の方々が
白装束と騎馬の間にいらっしゃいます。
こちらの方々が持たれているのは、楽器でしょうか?


479-24.jpg
騎馬の後に、徒歩の方々が続きます。
ここで、大きな傘が見えてきました。


479-25.jpg
その傘をアップにしました。
平安時代に貴族の女性が歩くとき、従者が後ろから差したものです。
その脇には、お稚児さんと虎の皮を持たれた方が並んでおられます。


479-26.jpg
その後から、白装束の方々が神具を持って続きます。
手前の葛籠は、形状から……ご神体でしょうか?


479-27.jpg
その後から、また葛籠を持たれた白装束の方々が続きます。
葛籠には、注連縄(しめなわ)と葵の葉が付いています。


479-28.jpg
さらに葛籠を持たれた方々が続きます。
その後を神具を持たれた白装束の方々が続きます。
下鴨神社の2柱のご祭神と(賀茂建角身命と玉依姫)
上賀茂神社のご祭神加茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)で
葛籠とご祭神の数が一致しますね。


479-29.jpg
その後を束帯姿の騎馬が続きます。
こちらの馬は誰も乗られていませんが、結構荒れています。
大きく体を揺すったり大きく鳴いたりしています。
人が多いので、興奮しているようですね。


479-30.jpg
その後を徒歩の束帯姿の方々やお稚児さんが続きます。
こちらの束帯姿の方は、弓を持たれています。
多分検非違使なのでしょうね。


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そして、その後から牛と牛車が現れました。
庇に付けた藤の造花が、煌びやかですね。
「(巡行行列が)男ばっかりで、楽しくないぞ」
という言葉を吐かれていた自分と同年代の男性見物人も、
この時ばかりは息を呑まれていました。


479-32.jpg
……ところがその時ちょうど市バスの乗降に時間がかかり、
(この西側に、「裁判所前」バス停があります)
丸太町通は結構長い渋滞になりました。
……まぁ別に京都ハンナリーズは悪くないのですが、
たまたま牛車の前にこの自動車が塞ぐ形になったので、
見物人からハンナリーズの車両がブーイングを受けていました。


479-33.jpg
約2分して市バスが出発すると、渋滞は解消されました。
ただ、そうなると牛車はもう堺町御門を通り過ぎています。
取りあえず、この位置から牛車をアップで撮りました。


479-34.jpg
堺町御門では、槍や岡持ちを持った白装束の方々や
束帯姿の騎馬が続きます。


479-35.jpg
ところが、巡行行列の方々が急に立ち止まられました。
どうやら、巡行行列も渋滞になったようです。


479-36.jpg
……ならばと、東を向いてみると
やはりまだ牛車が見える範囲にいらっしゃいました。
そこで、またこちらを撮りました。


479-37.jpg
渋滞は、約5分で解消されました。
すると、この辺りで白装束の方々が規制線を撤収され始めました。
巡行行列は、まだ半分も終わていないのですが……


479-38.jpg
もちろん、巡行行列はまだまだ続きます。
こちらの馬は少し興奮していて、
騎乗の束帯姿の方も一苦労されていました。
「馬が興奮します。カメラのフラッシュは遠慮してください」
京都府警の警官が、何度かそう叫ばれておられました。


479-39.jpg
その後にこちらの騎馬が続きます。
束帯の模様が深い紫色で、馬も額に金細工を付けています。
一際豪奢なお姿ですね。


479-40.jpg
その後に、徒歩の束帯姿の方々がしばらく続きます。
これで、巡行行列の4割が通り過ぎました。
ただ、もうだいぶ写真を貼り付けましたので
今回はここまでです。

~次回は葵祭巡幸の続きを掲載します~

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ぴのぴな

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ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
自宅近くを中心に
寺社巡りをしてきました。
このブログで,
本当に京都に来たような
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実際に回るときの
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各系統の停留するバス停や
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そのまま貼り付けました。
電車の情報もありますが、
嵯峨野嵐山など
沿線の観光情報が
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三条通を西から東に
書いていきます。

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京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

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河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。
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