第566回 路地裏のお稲荷さん~釜座通南から北~その4

[源正稲荷大明神] ブログ村キーワード
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2018年の葵祭巡行行列の連載も無事終わり、
ここからは、また釜座通を北上していきます。
ただ、ここからは時折寄り道をしていきます。

こちらは、釜座通から御池通を西に向いた写真です。
ここから釜座通を北上したいのですが、横断歩道がありません。
そこでいったん西洞院通に移動して、そこから釜座通に戻ります。
撮影日は、2018年5月31日木曜日午後1時半。
だんだん大雨になって、服もかばんもグショグショです。


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「御池釜座」交差点南西角に、紫陽花(あじさい)が咲いていました。
確かに白い花も咲いていますが、半分はまだつぼみです。
紫陽花の花の盛りは、これからですね。


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その紫陽花の南側に、モスバーガーのチェーン店がありました。
朝から何も食べていないので、こちらに寄っていきます。


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京都ではモスバーガーの新規店舗も増えていますが、
閉店しているところもあります。
ウチの近所は2店舗閉めてしまい、最近食べていません。
ですから約半年ぶりの入店なのですが、
新発売の「ライスバーガーよくばり天」を注文しました。


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その「ライスバーガーよくばり天」をアップにしました。
モスバーガーで出されるライスバーガーは、
焼きおにぎりのイメージがあります。
ですから、天ぷらを挟んだおにぎりを食べている感じです。
味付けは天汁と予想していたのですが、
柚子風味で割と酸っぱいタレが付いています。
天ぷらの上半分がえび天で下半分がかき揚げなのですが、
そのかき揚げにも海老の細切れがたくさん入っています。
ですから、感覚としては天丼1杯食べたようでした。


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モスバーガーには、約30分いました。
本を読みつつ小雨になるのを待ったのですが、
その気配が全くありません……
ですから、雨の中をモスバーガーを出て先に進みます。

本来ならこのまま北上して御池通を渡りたいのですが、
釜座通には御池通を渡る横断歩道がありません。
そのため、いったん西に移動します。


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モスバーガーから、御池通を西に約50m進みました。
ここで御池通は、西洞院通を交差します。


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「御池西洞院」交差点南東角から、北を向いています。
西洞院通は四条通当たりではそこそこの大通りでしたが、
三条通の南に伸びる蛸薬師通以北はこの道幅です。
では御池通を北に渡りますが、雨はだんだん強くなってきました。


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御池通から、西洞院通を北に向いています。
西洞院通は、このままの道幅で約1800m先で途切れます。
本当はこのまま北上したほうが御金神社に近いのですが、
今回はあくまで「釜座通編」なので、釜座通の方に向かいます。


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「御池西洞院」交差点北東角のマンションで、ツツジが満開です。
実際に数えたことはないのですが、
おそらくこのツツジが京都で一番多い花です。
マンションや公園の植木や生垣によく利用されています。

ただ、2018年も5月から6月に移ってきます。
そろそろツツジの季節から、紫陽花の季節に変わります。


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西洞院通から、御池通を東を向いています。
この辺は、マンションが何棟も並んでいますね。
では、ここから釜座通を目指します。


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御池通沿いの歩道と車道の間には、たくさんの植木があります。
その間に紫陽花やツツジが咲いているのですが、
この辺りにはキンシバイが咲いていました。
この時期が、ちょうど盛りですね。


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西洞院通から、御池通を東に約50m進みました。
ここで御池通は、釜座通と交差します。
こちらに、一見お城のような屋根を持つ建物があります。
いつも不思議に思っていたのですが、よく見るとマンションでした。


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御池通から、釜座通を南に向いています。
目の前に、先ほどのモスバーガーが見えます。
約300m先に釜座通の突き当りが見えますが、
そちらが第561回ブログに出て来た大西清右衛門美術館です。


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今度は御池通から、釜座通を北に向きました。
ずっと先で釜座通が突き当たっているように見えますが、
本当は二条通で筋違いになって、さらに北に続いています。
(詳細は、次回ブログ)
では、こちらを北上していきます。


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第560回ブログで書いたとおり、釜座通は他の道と比べて
マンションの比率が京町家を上回る道です。
とは言え、このようにまだまだ京町家も残っています。
こちらは、洋品店ですね。
ウィンドウを覗くと、さまざまな洋服が並んでいます。


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その洋品店の前で、釜座通を北に向いています。
やはり、他の道と比べてもマンションの比率が高いですね。


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その間に、このお店がありました。
こういうお店の珈琲はおいしいことが多いのですが、
夕方以降でないと開かないようです。
(この時点で、午後2時)
残念ですが、この先を進みます。


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こちらは、その向かい(東側)です。
路地の奥にあるのは料亭でしょうか?割烹屋でしょうか?
ただ、その北隣が更地なので路地らしくありません。
その周囲をマンションが囲みます。
ある意味、これが典型的な釜座通の風景です。


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そうは言っても、この辺りにはまだまだ京町家が残っています。
あちらの町家は、「小倉工藝」という呉服の染付工房です。


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その小倉工藝とお医者さんとの間に、路地が伸びています。
そして、その路地奥に朱い鳥居が見えます。


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では、こちらの路地にちょっとお邪魔します。
他の路地と変わらずに、この奥は普通の民家が続きます。
このような路地奥の神社は、京都市街地ではよく見られます。
(第405回ブログを参照)


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路地奥の民家に囲まれて、小さな稲荷神社がいらっしゃいます。
こちらは源正稲荷大明神ですが、沿革は不明です。
(正確なご祭神は、不明。多分、稲荷大明神か宇迦御霊神)
ただ風景が良いと言いますか路地裏独特の雰囲気があるので、
多くのブログに載っています。
個人的にも、結構お気に入りの神社です。
では、こちらにお参りします。


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源正稲荷大明神の祠を背に、東を向いています。
では、こちらの路地を進み釜座通に戻ります。


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路地を出て小倉工藝の前で、釜座通を北に向いています。
では、また釜座通を北上していきます。


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その北側も、しばらく京町家が続きます。
また、時折こちらのようになかなか渋い建物も並びます。
たぶん、元京町家の看板建築でしょう。
格子窓と犬矢来の後が見受けられます。


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その北側に、マンションと工場との間に路地がありました。
奥は撮っていませんが、路地奥に何軒か家が並んでいるようです。


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その路地の前で、釜座通を北に向きました。
こちらで、釜座通は押小路と交差します。


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釜座通から、押小路を東に向いています。
押小路をこのまま約300m進むと、
京都国際マンガミュージアムの前に出ます。
(第204回ブログを参照)
その位置からさらに700m東に進むと、京都市役所前に出ます。


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その「押小路釜座」の辻北西角に、こちらの碑が立っています。
平安時代だった今から約1000年前、この辺一帯は東三条殿でした。
摂関政治を行った藤原氏邸宅でしたが、平安時代末に焼失しました。
ちなみに、第562回ブログに出て来た三条殿とは別の邸宅です。


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釜座通から、押小路を西に向きました。
この少し先に、御金神社があります。
ここからそちらに寄り道していくのですが、
今回もだいぶ写真を貼り付けました。
続きは、次回とします。

今回は、ここまでです。

~次回は、御金神社に参拝します~

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第565回 葵祭 斎王代列巡行~葵祭2018~その3

[斎王代] ブログ村キーワード
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「河原町今出川」交差点からの葵祭巡行行列も、2/3が過ぎました。
男性のみの葵祭「本列巡行」の後は、
女性中心の「斎王代列」が「河原町今出川」交差点に入ってきます。
……とは言え最初は検非違使が行進しますので、
斎王代列も先頭は男性です。
今回は斎王代列を見物した後、帰宅します。
撮影日は、2018年5月15日火曜日正午。
暑くて、熱中症になりそうです。


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とは言え、先程の2名で検非違使から女房に変わります。
この場合の「女房」は「既婚女子」という意味ではなく、
「上級貴族の邸宅で働く女官」(本人は下級貴族)という意味です。
白丁(従者)に花飾り付きの和傘を立て掛けてもらっています。
屋外では裾の長い十二単ではなく、
裾は短く活動的な采女装束を着用されています。
ただし、足許は足袋に草履のようですが……


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女房隊列は、約10名続きます。
……のですが、その周囲でたくさんの男性が走っておられます。
所持されている機材から、カメラマンとその助手と分かります。
男性のみの「本列」には誰も付いていらっしゃいませんでしたが、
女性が大半の「斎王代列」はこんな感じでした。


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その女房隊列の後ろに、山吹色の束帯姿の男性が現れました。
その後ろに、お稚児さんが続きます。
斎王代列は、お稚児さんも女の子ですね。


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お稚児さんの直後から、上だけ束帯を身に着けた白丁が
輿を担いで登場されました。
その輿の上に、葵祭の今年(2018年)の斎王代が載られています。


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こちらが、輿に載られた斎王代です。
「輿」と言いましてもその下にキャスターが付いていますので、
白丁の皆さんもそこまで大変ではないのでしょうか?
(自分が実際に担いでいないので、本当のところは分かりません)
今も昔も、この斎王代の輿が葵祭巡行行列のメインです。
(葵祭では神輿など、ご神体は巡行しません)


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斎王代を載せた輿が、「河原町今出川」交差点を通り過ぎました。
輿の後から、また女の子のお稚児さんが通り過ぎていかれます。


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その後から、采女装束の女房姿の方が通り過ぎていかれます。
ただよく見ると、最後の2人は明らかに白拍子の扮装ですね。
その後に山吹色の束帯姿の男性がおられて、
さらにその後を騎乗された女房が続かれます。


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先程の写真と同じ方々が、自分の前に来られました。
よく見ると、山吹色の束帯姿の男性の周囲に
白丁もいらっしゃいますね。


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その後を騎乗姿の女房が、3騎ほど通り過ぎていかれました。
その前に白丁がいらして、それぞれ矛と岡持ちを持たれています。

ところで、この矛はどちらのものなのでしょうか?
もしかして、騎乗の女房のものなのでしょうか?


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さらに、その後も騎乗された女房が続きます。
こちらは、束帯姿の方が手綱を引かれています。


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騎乗された女房は、まだまだ続かれます。
2014年は大雨が降りましたので、
傘を差せない騎乗の方はかなり悲惨でした。


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その後に風流傘を白丁に差し掛けられた女房姿の方が登場され、
さらに数人の女房姿の方々が続かれます。


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さらに、その後を臙脂色の束帯姿の男性が通り過ぎていかれます。
こちらの方々は、全て笙や竜笛を持たれています。
おそらく、下鴨神社や上賀茂神社で雅楽を演奏されるのでしょうね。
そう言えば、祇園祭神輿巡行の八坂神社で雅楽を演奏された方々も
臙脂色の束帯姿の男性でした。


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その後を和太鼓などの打楽器が続きます。
こちらも、下にキャスターが付いています。


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雅楽演奏者の直後に、また牛車が登場します。
斎王代列ですから、先頭のお稚児さんも女の子ですね。


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こちらが、その牛車です。枝垂桜の造花で飾ってありますね。
こちらは元々斎王代が乗ることになっていましたが、
現在は巡行行列中誰も乗ることはありません。


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その後を和牛が1頭続きます。
こちらは先程の牛車を引く和牛が付かれたときの予備です。


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さらにその後を弓を持ち矢筒を担いだ検非違使が通過されます。
こちらが、葵祭巡行行列氏子衆の最後尾です。


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その後をこの軽トラックが通り過ぎます。
荷台の黒い袋には、途中で拾った馬糞が詰まっています。
さすがに、馬糞の放置はマズいようです。


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さらに、京都市の広報車が通り過ぎます。
こちらは、交通規制解除を告げておられました。


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最後に警察車両が通り過ぎると、交通規制が完全に解除されました。
これで、「河原町今出川」交差点も平日モードに戻ります。


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今出川通から、河原町通を北に向いています。
ちょうど葵祭巡行行列最後尾の牛車が、
約50m先の「河原町出町」交差点を右折しようとしています。
この後巡行行列は出町通を東進し、加茂川に架かる出町橋を渡り
下鴨東通で北上して糺の森経由で下鴨神社へ向かいます。


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では自分も帰ろうと思うのですが、今回は出町通経由で進みます。
ですから、先ず河原町通を北上したのですが……
いつも以上に歩行者でごった返しています。
どうやら、出町橋付近で見物されていた方々も混じっています。


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今出川通から、河原町通を約50m北上しました。
こちらは、和菓子屋さんの「出町ふたば」です。
第468回ブログ同様に、今回もこの混み具合です。
今から並んでも、自分の順番の前に売り切れるでしょうね。
また今回も、豆大福が買えませんでした……


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その北側に、こちらのアーケード街が西に伸びています。
こちらは、第469回ブログ以来の出町升形商店街ですね。
ただ、今回はこちらへは向かいません。


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その位置で、今度は東を向きました。
ここは、河原町通と出町通との交差点です。
出町通は、寺町通~東大路間の短い道です。
では、横断歩道を渡り出町通を東に進んでいきます。


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河原町通から、出町通を東に向いています。
この日は快晴だったので、長閑な風景が見受けられます。
ただ、この後仕事なので先を急ぎます。


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河原町通から、出町通を東に約50m進みました。
ここから、加茂川に架かる出町橋を渡ります。


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出町橋を東に渡りながら、加茂川の北東側を眺めています。
向かい岸の繁みは、糺の森ではありません。
(糺の森は、もっと北にあります)
上流方向に、葵橋が見えますね。
この橋を境に、河原町通と下鴨本通とに分かれます。


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出町橋を西に渡り切りました。
この先の横断歩道の位置で北に左折すると、
下鴨本通から糺の森に向かいます。(第242回ブログ参照)
出町通をさらに東に進むと、高野川に架かる河合橋があります。
さらにその先が、京阪電鉄と叡山電鉄の「出町柳」駅です。


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本当は河合橋を渡って駅に行きたいのですが、
葵祭巡行行列の見物人が多数いらして、
ここから先には進めそうにありません。
そこで横断歩道で出町通の南側歩道に向かい、
そこからさらに南に向かいます。


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出町通南側歩道から、さらに南に進みました。
ここから約50mほど、芝生の公園のようになっています。
右(西)側に加茂川が流れていますが、
左(東)側の土手を越えたらすぐに高野川が流れています。
では、こちらを南下していきます。


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さらにその位置から、南下していきます。
すると、地面が芝生から石畳に変わります。
ここから約50m先で、加茂川と高野川が合流しています。
ここがアニメなどの舞台によく使われる「鴨川デルタ」で、
この合流点から南が鴨川となります。


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「鴨川デルタ」最南端まで来ました。
この辺りの方々は、葵祭の見物人よりも
この「鴨川デルタ」自体を目的に来られているようです。
まぁこの日(2018年5月15日)はとても暑かったので、
皆さんここで涼んでおられるようでした。


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その「鴨川デルタ」最南端から、
加茂川と高野川へとそれぞれ飛び石で渡れるようになっています。
では、ここを利用して高野川を渡ります。
……のですが、第312回ブログのときより、水嵩があります。
これでは靴が濡れてしまいますが……他に選択肢がありません。


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靴を濡らしながら、飛び石を渡っています。
どうも、この飛び石を渡ること自体を楽しみにして
京都に来られている方々も多いようです。
周囲の大半が外国人で、中国などアジアの方々が多いですね。

飛び石を渡っている途中で、河合橋を見上げました。
すると、だいぶ人が減って普通に渡れています。
もしかして、じっと待っていた方が正解だったかもしれません。


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とは言え、もうここまで渡っているので
このまま飛び石を西へ進み高野川を渡り切ります。
高野川の川岸では、たくさんの方々が涼んでおられますね。
そのくらい、この日(2018年5月15日)は暑かったですね。


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飛び石を渡り切り、高野川東岸にまで来ました。
右(南)側に、第563回ブログに出て来た賀茂大橋が見えます。
(今出川通沿いです)
では、この石段を上り川端通に出ます。


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石段を上りきると、川端通に出ます。
その脇に、地下に向かう京阪電鉄「出町柳」駅3番入口があります。
では、ここから地下に下りて帰宅します。

今回は、ここまでです。

~次回から、また「釜座通編」が復活します~

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第564回 葵祭本列巡行~葵祭2018~その2

[葵祭 本列] ブログ村キーワード
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「今出川河原町」交差点北西角から、葵祭巡行行列を見ています。
前回ブログからから読んでお気づきの方もいらっしゃるでしょうが、
ここまで巡行行列に参加されておられるのは全員男性です。
葵祭では、最初の2/3を「本列」と呼び男性のみで構成します。
そして、後の1/3を「斎王代列」と呼び女性中心で構成します。
今回は、「本列」を最後まで載せます。
撮影日は、2018年5月15日火曜日午前11時半。
この時点で相当暑くなってきていました。


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先程の検非違使の後に、こちらの方が通り過ぎていかれました。
ただ、今までの検非違使(平安時代の警察官)と異なる扮装です。
束帯(平安時代の男子正装)の色も布の質感も上等で、
何より馬を引く方も、束帯姿です。
おそらく、こちらが検非違使尉(長官)でしょう。


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その後も、検非違使隊列が続きます。
今までは上手く撮れませんでしたが、
騎乗されている検非違使の前に白丁(従者)がいらっしゃいます。
そのうちの一人は、細長い布でくるまったものを担がれています。
こちらは「矛持ち」と呼ばれており、
騎乗される検非違使の矛(短めの槍)を持ち運ばれています。

平安時代は葵祭の警備が、相当厳重だったようですね。
まぁ、当時は天皇や皇族も参列していましたし……


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また、このように岡持(おかもち)を持った白丁も伴われています。
平安時代は、こちらに騎乗されている方の私物が入っていました。


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その直後をお稚児さんが通り過ぎます。
また、向こう(東)側の方が持たれているのは竹製の刀でしょうか?


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その後ろ方は……束帯が虎柄です。
枝分かれした木刀を手にされています。(まるで七支刀みたいですね)
虎柄の束帯姿の方は毎年この順で巡行されていますが、
何か宗教的な意味があるのでしょうか?


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さらに、検非違使装束の方が行進されます。
沿道に手を振られていましたが、知己がいらしたのでしょうか?


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その後ろから「鉾持ち」と岡持ちの白丁が来れてましたが、
その脇に漆製木器を手に行進される白丁がいらっしゃいます。
多分何かの楽器を置く台と思います。


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さらにその後から、漆黒の束帯姿の方が来られました。
おそらく、この直後の方を先導されています。


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そして、少し立派な束帯を着こなされている方が
騎乗で通り過ぎていかれます。
こちらも、束帯姿の方に手綱を引いてもらっています。
この物々しさから、山城の使(やましろのつかい)と考えられます。
こちらは山城守(国司)の次官を表しており、
平安時代は葵祭警護の最高責任者でした。
五位相当ですから、天皇に自分の意見を上奏できる
かなり身分の高い貴族ということになります。


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山城の使の後は、しばらく葵祭巡行行列が途切れました。
その間に、通行規制が一時的に解除されます。
これで、「本列」の半分が終わりました。


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約5分後、再び葵祭巡行行列が通り過ぎました。
先ずは、漆黒の束帯姿の方々が先導されます。


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ここからは、武装されていない方々が続きます。
こちらは、黒漆で塗られた木箱を持たれています。


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さらに、こちらは……虎の毛皮でしょうか?
誇らしげに持ち運ばれるので、平安時代は宝物だったのでしょうね。


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次に、傘が1本通り過ぎました。
西洋由来の雨傘とは異なり、祇園祭で出てくる綾傘鉾や
四条傘鉾に近い形状ですね。
元来は平安時代の貴族の女性が歩く際、
供の者が雨や日差しを避けるために差し掛けるものです。
ただ、こちらは本列(男性隊列)です。
傘の下を含めて、周囲に女性はいません。


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その後に、様々なものを持ち運ばれる白丁が
河原町通を北上されていかれます。
さらにその後に、大きな櫃を4人で担がれる白丁の登場です。


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その櫃を中心に撮りました。
松尾祭で巡行される月読神社ご神体が、こんな感じでした。


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その後をさらに櫃を担がれた白丁が続きます。
これが3箱なら上社1座に下社2座と数が合うので、
取材時にはこちらがご神体と思っていました。
(本来ご神体は御神輿で運ばれますが、
葵祭巡行行列にはその御神輿が存在しません)


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やはり、こちらの櫃は3箱いらっしゃいました。
……ということで、こちらがご神体と確信したのですが
後で葵祭のサイトで調べたところ、
こちらは御幣櫃と言い、中はご神体そのものではなく
ご神体へのお供え物ということでした。


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その後に、こちらの騎乗の束帯姿の方が通り過ぎていかれます。
烏帽子から、こちらも身分の高い貴族の扮装と分かります。
おそらく、こちらが内蔵寮史生(くらりょうのししょう)です。
前を行く御幣櫃の管理者で、七位のそこそこ身分の高い貴族です。


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その直後をこちらの空馬が通り過ぎていきます。
おそらく、先ほどの内蔵寮史生の替え馬でしょう。


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その後をこちらの騎乗の束帯姿の方が続かれました。
こちらは、馬寮使(めりょうつかい)と思われます。
……のですが、こちらの白馬が愚図りだしました。
まっすぐ歩かずに、横歩きしています。


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とうとう、その白馬が後ろを向いてしまいました……
ちょうど巡行行列が渋滞していて全員立ち止まったところなので、
ほぼ支障がなかったのですが……


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その時「今出川河原町」交差点を見ると、
ちょうど交差点の中央で牛車が立ち止まっていました。


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こちらが、その牛車の先頭部分です。
お稚児さんに先導されて、白丁に手綱を引かれた和牛が
ゆっくりと歩いていきます。
そして、束帯姿の方々が両脇を固めています。


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和牛に引かれて、牛車が進んでいきます。
藤やツツジの造花がきれいですね。
ただ牛1頭だけではこの大きな車を引くのが大変なので、
後方から白丁が何人か押しておられるようですね。

本来はこちらに勅使(天皇の代理)が乗られるのですが、
現在は誰も乗らない状態で行進します。


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その後を1頭の和牛が続きます。
こちらは「替え牛」で、先の和牛が疲労したときの交代要員ですね。


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その後に、こちらの束帯姿の方々が続きます。
何か細長い木箱を持たれていますね。


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その直後に、騎乗の臙脂色の束帯姿の方が通り過ぎていかれます。
武装されているので、検非違使でしょうか?


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その後ろの方はも、おそらく検非違使です。
こちらも、鉾持ちと岡持ちの先導により行進します。


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その後ろを替え馬が続きます。
……ただ鞍が重いらしく、馬がだいぶ愚図っています。


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さらに、風流傘が続きます。こちらも男性のみで運びます。
紅白の牡丹の造花が、見事ですね。


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さらに続く騎乗も、検非違使でしょうか?
武装されているのですが、手綱を引かれる方は束帯姿です。


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その後ろの束帯姿の方は、武装されていません。
おそらく内蔵使(くらづかい)と考えられます。
五位相当の身分の高い貴族で、勅使の上奏文を所持されています。


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その後を空の馬が続きますが、
この前後にかなり身分の高いか貴族役の方が行進されますので、
その替え馬なのでしょうね。


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その後から、勅使役の方が通り過ぎていかれました。
葵祭の勅使は天皇の代理で、平安時代は近衛中納言が務めました。
中納言は左大臣→右大臣→大納言に続く最高位の貴族の一人で、
これに少納言を含む貴族が平安時代は天皇と閣議を行っていました。


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その後をこちらの束帯姿の方が、北上していきます。
こちらも、虎柄の毛皮を掲げておられます。


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そして、黄色いツツジの造花を飾る風流傘が行進します。
こちらは、葵祭「本列」の最後尾の目印でもあります。


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これで、葵祭「本列」巡行の全てが、
「今出川河原町」交差点を北上していかれました。
女性を中心とした「斎王代列」まで、少し時間が空きます。
そのため、その間交通規制が解除されます。

今回は、ここまでです。

~次回は葵祭「斎王代列」を取材ます~

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第563回 今年は「今出川河原町」で~葵祭2018~その1

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ここ数年、毎年5月15日は
葵祭巡幸をウチのブログで取り上げてきました。
もちろん、今年(2018年)も葵祭巡行行列を取材しました。
ただ今年は撮影しやすい場所を訪れたため、
合計200枚弱も写真が撮れてしまいました。
まぁ実際に載せる写真は半分以下なのですが、それでも相当数です。
そのため、2018年は葵祭巡幸を連載記事とします。

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3年ぶりの京阪電鉄終点「出町柳」駅です。
(「七条」駅以北の京阪電鉄は、地下鉄です)
その時も葵祭巡幸を見に来ましたが、
今回はその時と別の場所に向かいます。
おかげで、今年(2018年)がいちばんよく見えました。
撮影日は、2018年5月15日火曜日午前10時50分。
夏と思えるくらいの炎天下でした。


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電車を降りると、たくさんの方々が車両から出て来られました。
こちらの方々ほぼ全員、自分と同じ葵祭見物が目的です。
そして、目の前の階段を上がられていかれました。
こちらの大半は、5番出口から
高野川に架かる河合橋を渡り下鴨神社近くまで進まれるか、
第312回ブログのように加茂川の川岸から
出町橋を渡る巡行行列を眺められるかでしょう。
今回はなるべく空いた場所に行きたいので、
そのどちらにも向かいません。
ですから、自分はこの階段を上りません。


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そこから、京阪電鉄「出町柳」駅ホームを約100m南下しました。
ホーム最南端に、上りのエスカレーターがあります。
次は、そちらからコンコース階に上がります。


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そのエスカレーターを上りきると、目の前に改札口がありました。
では、ここから京阪電鉄「出町柳」駅を出ます。


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京阪電鉄「出町柳」駅の改札口を抜けて、右(西)を向きました。
目の前に1番出口に向かう階段がありますが、
そちらから地上に向かいます。


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京阪電鉄「出町柳」駅5番出口から、地上に出ました。
快晴の上に、5月と思えない炎天下です……
標識からわかるように、こちらは今出川通と川端通との交差点です。
(川端通は、鴨川東岸沿いの通りです)


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川端通から、今出川通を西に向いています。
ここからの今出川通は、鴨川に架かる賀茂大橋を渡ります。


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賀茂大橋上から鴨川を南に向いています。
約800m先に、荒神口橋が見えますね。
(荒神口は、第163回ブログで出てきます)


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賀茂大橋を西へ渡ってます。
この辺りには、葵祭目的の方々はほぼいらっしゃらないようです。


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今度は、賀茂大橋で北を向きました。
向こうに、加茂川に架かる出町橋が見えます。
この川は、賀茂大橋を境に加茂川と鴨川に分かれます。
(発音がどちらも「かもがわ」なので、ややこしいです)
その右(東)側が、加茂川と高野川との合流点「鴨川デルタ」です。
(京都を舞台にした多くのアニメ作品に出てきます)
その北側から下鴨東通が伸びており、
その先が葵祭を行う下鴨神社です。
さらにその東が高野川に架かる河合橋で、
さらにさらにその東が叡山電鉄「出町柳」駅です。
賀茂大橋と異なり、あちらはたくさんの方々がいらっしゃいます。
葵祭巡行行列は出町橋を東に進み、下鴨東通を北上します。


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賀茂大橋をもうすぐ渡りきります。
今出川通沿いに大きな藪が見えますが、
そちらは浄土真宗大谷派了徳寺です。
鳴滝にある大根炊きで有名な寺院と同じ名前ですが、別の寺院です。


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賀茂大橋を渡り、今出川通を西に進んでいます。
この辺りには高瀬川が流れていないので、
賀茂大橋から約100m進むと「河原町今出川」交差点です。


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今出川通から、河原町通を北に向いています。
では、ここから「河原町今出川」交差点北東角に渡ります。
自動車があまり通っていませんが、通行規制が始まったようです。


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その「河原町今出川」交差点北東角です。
何人か大きなカメラを持たれた方々がいらっしゃいますが、
ここは、葵祭巡行行列を撮影するベストポイントの一つです。
ただ、もうたくさんの方々がいらっしゃるので移動します。


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河原町通から、今出川通を西に向いています。
ではここを渡り、「河原町今出川」交差点北西角に移動します。


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横断歩道を渡りながら、河原町通を北に向いています。
約100m先に、「出町河原町」交差点が見えます。
葵祭巡行行列は京都御苑から丸太町通に出て、
(第479回ブログを参照)
「河原町丸太町」交差点で河原町通を北上します。
「河原町今出川」交差点通過後「出町河原町」交差点で右折し、
そのままで町通を東進して先程の出町橋に至ります。
そのため、こちらにもたくさんの方々がいらっしゃいます。
ただ、毎年葵祭見物をしていた際の人数よりは少ないですね。


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「河原町今出川」交差点北西角に来て、東を向きました。
何人かの後頭部が写るものの、結構よい場所です。
今年(2018年)は、ここで葵祭巡行行列を撮影します。


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その撮影ポイントから、「河原町今出川」交差点を見ています。
交差点中央に警官が2人いらして、通行規制が本格化しました。
ここから暫く、この交差点は歩行者が渡れなくなりました。


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やがて、1台の警察車両が河原町通を北上してきました。
沿道の最前列の方々の話から、
葵祭巡行行列がもうそこまで来ていることが分かりました。


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警察官のサインで「河原町今出川」交差点は
自家用車など一般車両も通行止めになりました。
2018年5月15日火曜日午前11時20分。
予定より早く葵祭巡行行列が「河原町今出川」交差点を通過します。


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警察車両に続いて、青い自動車が通り過ぎました。
第479回ブログにも出てきましたが、こちらは京都市広報車です。
これから葵祭巡行行列が来ることと、
この辺の交通封鎖が始まることをスピーカーで知らせていました。


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その後ろに、騎馬隊が続きます。
束帯姿ではあるのですが、こちらは京都府警の警察官です。
よく見ると、鞍付近に「POLICE」と書かれています。


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そのとき「河原町今出川」交差点を見ると、
臙脂色の束帯姿の騎馬の方々が北上されていました。
今までは京都府警や京都市役所の方々が通り過ぎていかれたので、
こちらが葵祭巡行行列の氏子衆の先頭ですね。

その後方で、京都市バスが通行しています。
ここは完全な道路封鎖ではなく、公共の交通機関は通常運転です。
(さすがに、一般車両は止めています)


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その臙脂色の束帯姿の方々が、自分の目の前に来られました。
騎馬が、自分の約2m手前を通り過ぎていかれます。
これは、自分にとって今までの葵祭巡行行列の中でも最接近です。
この距離なら、臙脂色の束帯姿の方々の前に
白装束の方々が歩いておられるのが分かります。
どちらの方々も、烏帽子に葵の葉を取り付けておられます。
こちらは、約1,200年前からの伝統です。
(葵祭は、祇園祭や時代祭よりも古いお祭りです)


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先導の騎馬の後にも、さらに騎馬が続きます。
こちらの方々は、全員帯刀(武装)されています。
従者を率いられていることからも、
検非違使志(平安時代の警察官僚)の扮装なのでしょうね。


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こちらは、先の騎馬集団の最後尾の方です。
検非違使志は、このように従者が手綱を持ち行進されます。


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そして、ここからは束帯姿の方々が徒歩で続かれます。
この辺りは検非違使の扮装なので大半の方々が武装されていますが、
こちらの2人は一切武装されていません。


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ですから、その後続の方々は帯刀されています。
徒歩の方々は、どちらも弓を片手に矢筒を担がれています。


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さらに浅葱色の束帯姿の方が、通り過ぎていかれました。
陰に隠れていますが、この方も帯刀されていました。


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さらに徒歩の検非違使隊列が続きます。
……しかし、検非違使に扮装されておられる方々の
束帯の色合いがどちらも華やかですね。


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その弓を持たれた検非違使隊列が、
自分の前を通り過ぎていかれました。
これで葵祭巡行行列の約2割が通り過ぎていかれました。
まだまだ行列は続きますが、今回はここまでとします。

~次回は、本列(男性隊列)の残りを載せます~

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第562回 姉小路の高松神明神社~釜座通南から北~その3

[高松神明神社] ブログ村キーワード

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三条通から、釜座通を約100m北上しました。
ここで、釜座通は姉小路と交差します。
今回は姉小路沿いの高松神明神社に参拝して、御池通に向かいます。
撮影日は、2018年5月4日みどりの日の金曜日午後5時。
もう完全に快晴でした。


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釜座通から、姉小路を西に向いています。
約300m先で堀川通と交差して、
その堀川通からさらに約700m進むと千本通と交差します。
(第333回ブログを参照)


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釜座通から、姉小路を東に向いています。
目の前に、今回ブログのメイン高松神明神社の鳥居が見えますね。


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……ただ、先に高松神明神社の周辺の写真を載せます。
こちらは、高松神明神社向かい(南)側の京町家です。
出格子と土蔵から、商家と分かりますね。


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高松神明神社の前で、姉小路を東に向きました。
理髪店の先で新町通と交差していますが、
その新町通を約150m南下すると祇園祭後祭八幡山が立ちます。
また姉小路をこのまま西に約150m進むと、
祇園祭後祭役行者山が立ちます。
つまり、この辺りは祇園祭山鉾町に隣接した場所です。


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その位置で、姉小路を西に向きました。
目の前に、高松神明神社が見えますね。


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では、いよいよこちらの高松神明神社にお参りします。
この日(2018年5月4日)は祝日(みどりの日)なので、
大きな「日の丸」が掲げられていますね。


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高松神明神社鳥居脇に、こちらの表札が掲げてあります。
こちらには、かつて「高松殿」がありました。
「高松殿」とは元々醍醐天皇の皇子源高明の邸宅のことで、
後の1156年保元の乱後白河天皇方の軍事拠点になりました。
ただ、その直後の1159年平治の乱源義朝らが
後白河天皇を拉致した後、残った人々ごと高松殿を焼き払いました。
(この「高松殿」は、歴史の教科書では「三条殿」と書かれています)


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高松神明神社鳥居をくぐり、境内に入ってきました。
右(東)側にある家屋が、社務所です。


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高松神明神社一の鳥居から真北を向くと、このような風景です。
二の鳥居脇き伸びる高い木は、オガタマノキです。
よく神社の御神木になっていますよね。


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その二の鳥居脇に、こちらのお地蔵さんがいらっしゃいます。
こちらは、元々真田幸村が肌身離さず所持していました。
(要するに、持念仏です)
幸村の死後、今の和歌山県山中に安置されていたものを
こちらの社僧(こちらは元々寺院でした)が持ち帰りました。


562-12.jpg
そのお地蔵さんの脇に、手水舎があります。
ただよく見ると、下の玉砂利の部分が水琴窟です。
ですからこちらに水を撒くと、綺麗な音色が響きます。


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そして、こちらが、高松神明神社の本殿です。
ご祭神は、天照大神・八幡大神・春日大神です。

先述の平治の乱で焼失後、「高松殿」は再建されませんでした。
その代わりこちらにいらした「高松殿」の鎮守社は残り、
それがこの高松神明神社の由来です。
ただ1565年こちらに高松神明宝性院という宮寺ができ、
この寺院と神社が融合してこちらに存続しました。
ところが、江戸時代末期の禁門の変で焼失直後に
神仏分離令が出されて、宮寺は廃寺となり
現在の「高松神明神社」として復活しました。


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高松神明神社本殿の前で、南を向きました。
ではここから高松神明神社を出て、姉小路に戻ります。


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高松神明神社の前で、姉小路を西に向きました。
次は、目の前の釜座通に戻ります。


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本来なら、ここには「姉小路から見た釜座通」の写真を
貼り付けますが、都合で撮れませんでした。
と言いますのも「姉小路釜座」の辻北西角に呉服屋さんから、
たくさんの方々が出て来られたからです。
カメラなどの機材をたくさん持たれていたので、
たぶん何かの撮影だったのでしょうね。
その代わりに、その呉服屋さんを通り過ぎた辺りから
釜座通を北に向いた写真を貼り付けました。


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姉小路から、釜座通を北上しています。
だんだん御池通に近づくにつれ、
オフィスビルやマンションの割合がさらに増えてきました。


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その辺りで、東を向きました。
駐車場の向こうに、先ほど訪れた高松神明神社に立っていた
オガタマノキが高々と見えますね。


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姉小路から、釜座通を約70m北上しました。
ここで釜座通は、御池通と交差します。


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釜座通から、御池通を東に向きました。
約300m先に、第205回ブログで訪れた
地下鉄のターミナル駅のある「烏丸御池」交差点があります。


562-21.jpg
今度は、釜座通から御池通を西に向いています。
御池通には、このように交差する道の表札と
その道の歴史が書かれた碑が立っています。
(第161回ブログを参照)
次はここからさらに釜座通を北上したいのですが、
釜座通には御池通を渡る横断歩道がありません。
そのため西洞院通にいったん移動するのですが、
それはもう次回にします。

今回は、ここまでです。

~次回は、御池通周辺を散策します~

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ぴのぴな

Author:ぴのぴな
ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
自宅近くを中心に
寺社巡りをしてきました。
このブログで,
本当に京都に来たような
そんな気分を
味わってください。

リンク・カテゴリの説明
いい加減複雑になったので、
サイドバーの説明をします。
☆リンク
「京の天気」
京都市内の今の天気と
天気予報が分かります。

「京都桜100景」
ブログ用に
今まで撮った写真に
新たに撮ったものを加え
独断と偏見で桜の名所を
100選びました。
少しずつ更新して
ゆっくり完成させます。

「祇園祭の歩き方」
YAHOO知恵ノートを
こちらも利用して、
祇園祭宵山で回る
ポイントを書きました。
実際に回るときの
参考にしてください。

「京都市バス路線図」
京都市交通局発行の
京都市バスと市営地下鉄の
路線図を貼り付けました。
バス停や駅の位置以外に、
各観光地の位置関係も
これで分かります。

「京都市バス検索」
系統(「5系」とか)別に
市バスを検索できます。
各系統の停留するバス停や
バス停別時刻表が
貼り付けてあります。
京都観光に来られる前に、
今一度確認してください。

「嵐電(京福電気鉄道)」
京福電車(嵐電)のサイトを
そのまま貼り付けました。
電車の情報もありますが、
嵯峨野嵐山など
沿線の観光情報が
詳しく書いてあります。

「きょうもいろいろ」
ここと同じ
京都観光のブログです。
許可をいただいたので、
リンクさせて
いただきました。

「ひまわりパパの
ときたま日記」
ご家族のことを書かれた
ブログです。
こちらも
許可をいただいて
リンクさせて
いただきました。

「アマランサス☆
だいあり~」
いろいろなことを
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こちらも、
許可をいただいて
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「写真缶」
京都周辺の写真と
短いコメントの
写真ブログです。
こちらも、
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「子連れ京都旅行」
ウチと同じ京都の
観光ブログです。
「幼児連れで
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不便な点」を
詳しく
書かれています。
こちらは、
自分がお願いして
リンクさせて
いただきました。

「京都パワースポット
体験」
京都の様々な情報を
連載されています。
こちらも、
許可を頂いて
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「京都散歩
日々の出来事と
三毛猫ブログ」
飼い猫と京都観光地の
様子を書かれた
ブログです。
こちらも許可をいただいて
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「京都に夢中!
古都・京都
お祭りナビ」
これから始まる
京都のお祭りや
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情報が載っています。
こちらも許可をいただいて
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布袋山保存会
祇園祭前祭の布袋山の
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宵山でここに訪れて、
ここの方と親しくなって、
そのまま相互リンク
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「春夏秋冬 京のくらし」
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ウチの近所なので、
一番よく行きます。

「伏見稲荷大社」
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初詣など
こちらも多くなります。

「ゑびす神社」
毎年参拝しているので、
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「清水寺から平安神宮」
京都の東山周辺です。
京都観光の
一番有名なコースです。
これから京都観光を
考えておられる方は、
ここをご覧ください。

「京都紅葉散策」
紅葉の季節にあちこち
散策してきました。
毎年11月23日に行く
紅葉散策は含まれません。
そういうものに含まれない
短いものを集めました。

「京都桜案内」
桜の季節にあちこち
花見に行きました。
毎年少しずつ増えます。

「祇園散策」
花見小路の花街や
八坂神社・建仁寺など
祇園各地の散策です。

「祇園祭宵山散策」
祇園祭宵山を
毎年更新した記録です。
ゆっくり回ったので、
次に祇園祭に来られた時の
参考にしてください。

「節分」
毎年少しずつ増えます。

「京都のお祭り」
春から初夏を中心に
京都市内各地のお祭りを
記録したものです。

「松尾散策」
地蔵院や鈴虫寺、
松尾大社や法輪寺など
松尾を散策します。

「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「太秦散策」
蚕ノ社や広隆寺、
映画村など太秦周辺を
散策しました。

「花園散策」
JR「花園」駅から
北側の衣笠山手前の
「きぬかけの路」に
かけて散策しました。
妙心寺や等持院など
並んでいます。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。

「若宮通南から北」
西本願寺と東本願寺の
中間点を通る小路を
北上しました。
京町家と古い商店街の
京都らしい町並みです。
サイトやブログのリンク
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